明人みんじん)” の例文
その後そうの茶人らが粉茶を用いるに至って、彼らは濃藍色のうらんしょくおよび黒褐色こくかっしょくの重い茶碗を好んだ。明人みんじん淹茶だしちゃを用い、軽い白磁を喜んだ。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
以後全く師を取らず俵屋宗理の流風を慕いかたわら光琳の骨法をたずね、さらに雪舟、土佐にさかのぼり、明人みんじんの画法を極むるに至れり
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あいつは慶長八年に、ミンダナオ島のカガヤンで海賊を働いたうえ、イスパニヤの兵隊の後押あとおしをして、二万人からの明人みんじんを殺したことのあるやつだ。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
シロオテは板縁にひろげられたその地図を首筋のばして覗いていたがやがて、これは明人みんじんのつくったもので意味のないものである、と言って声たてて笑った。
地球図 (新字新仮名) / 太宰治(著)
中から出て來たのは、少し古くなつた桐柾きりまさの箱で、そのふたを取ると、中に納めてあるのは、その頃明人みんじん飛來ひらいかんといふ者が作り始めて、大變な流行になつて來た一閑張かんばり手筐てばこ
時計始めて渡来した時これを鶏の時を報ずるに比べて明人みんじんが時鶏と書いたは、北斗の形した針が時を指し自ずから鳴いて人に知らす事鶏のごとくなる故と白石先生の『東雅』に出づ。
それを見ると、これも老公の作ではないらしいが、こんな明人みんじんの詩がかいてあった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「余五六歳の頃より、頗る画事を解き、我郷の大岡春卜おほをかしゆんぼく、狩野流の画に名あり。つて従つて学ぶ。春卜嘗て芥子園画伝かいしゑんぐわでんならひ、明人みんじんの画を模写し、「明朝紫硯みんてうしけん」と云ふ彩色の絵本を上木す。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一、明人みんじん画飲中八仙図はっせんず一巻(模写)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
少し古くなった桐柾きりまさの箱で、そのふたを取ると、中に納めてあるのは、その頃明人みんじん飛来一閑ひらいいっかんという者が作り始めて、大変な流行になって来た一閑張の手筐てばこ、もとより高価なものですが