悲酸ひさん)” の例文
此時子規は余程よほどの重体で、手紙の文句もすこぶ悲酸ひさんであったから、情誼じょうぎ上何かしたためてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし
ああ云う浮いた家業をする女の平生はうらやましいほど派出はででも、いざ病気となると、普通の人よりも悲酸ひさんの程度が一層はなはだしいのではないかと考えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな悲酸ひさんな退院を余儀なくされる患者があるかと思うと、毎日子供を負ぶって、廊下だの物見台だの他人ひとへやだのを、ぶらぶら廻って歩く呑気のんきな男もあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
倫敦塔の歴史はボーシャン塔の歴史であって、ボーシャン塔の歴史は悲酸ひさんの歴史である。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その苦痛をおかすためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかにひそんでおらねばならん。画と云うも、詩と云うも、あるは芝居と云うも、この悲酸ひさんのうちにこもる快感の別号に過ぎん。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食う話ばかりかと思うと、また一週間絶食をしたという悲酸ひさんな物語もあった。それはみんなのかてが尽きたので、人足が村まで米を取りに行った留守中に大変な豪雨があった時の事である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その学問や、その学問の研究を阻害そがいするものが敵である。たとえばひんとか、多忙とか、圧迫とか、不幸とか、悲酸ひさんな事情とか、不和とか、喧嘩けんかとかですね。これがあると学問が出来ない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私には旨いものという父の言葉が滑稽こっけいにも悲酸ひさんにも聞こえた。父は旨いものを口に入れられる都には住んでいなかったのである。ってかきもちなどを焼いてもらってぼりぼりんだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それをあえてしなければ立ち行かない日本人はずいぶん悲酸ひさんな国民と云わなければならない。開化の名は下せないかも知れないが、西洋人と日本人の社交を見てもちょっと気がつくでしょう。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これを悲酸ひさんなる煩悶はんもんと云う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)