さび)” の例文
すっかり雪に埋もれた軽井沢に着いた時分には、もう日もとっぷりと暮れて、山寄りの町の方には灯かげも乏しく、いかにもさびしい。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さらでだに虫の音も絶え果てた冬近い夜のさびしさに、まだ宵ながら家々の戸がピタリとしまつて、通行とほる人もなく、話声さへ洩れぬ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
空は陰欝な灰色で、樅の裏葉の青黒い外は、空も山も一面にどんよりと沈んだ中に、鳴り渡る会堂の鐘がかえって心さびしかった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
御身おみさまも、なぜ、わたくしがかくもさびしい松並木の道をおとずれるかについて、きっと、奇異な思いを抱かせられることと思いますが、それをあからさまに申し上げれば
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
陰気なビショビショ雨の中で、段々四辺がくらくなり、本石町辺を通って居るときは、何とも云えず凄く、さびしかった。お茶の水は、本校正面の柱列が少しのこって居るばかり。
そして地平には蒼い「七つの峯ジーベンゲピルゲ」がその重畳として変化の多い横顔を空に描き出しており、それらの峯の頂には、廃趾となった幾つかの古い城のさびしく奇妙な影絵が浮き出ている。
暗くさびしく愚痴っぽく、次第に下らなくなっていこうとするこの自分の心。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
さびしいたましひが鳴いてゐる。……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そして草も、木立も、枯葉色のさびしい中に、石を並べた百姓家から、ほそぼそと立ちのぼるけむりの糸も物悲しい。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
すっかりさびれているだろうが、人にいてきたレエクサイド・ホテルとか云う、外人相手の小さなホテルだけでも明いていて呉れればいいが——と思って、湖畔で乗合から降り
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ヴェランダの降口まで足早に去って、桃子はそこからもう一度こっちへ顔をふり向け、腹立ちよりさびしい気分で遠ざかってゆくその姿を見送っていた多喜子に向って、手をふった。
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さびしいたましひいて居る。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
イタリヤ風に建てられた石屋根の、山ふところに吹きためられた一かたまりの、ブリークはさびしい村である。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
何という溢れるばかりなさびしさだろう。いっぱいで、まぎれもなくて、そのまぎれない純粋さから不思議な美しさの感情へまでつきぬけて行くような、何という寥しさであったろう。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
たかが浅間山のふもとで、いくぶん徳川時代の古駅のおもかげをそのまま止めているというよりほかに何の変哲もない、こんなさびしい村が、一体何でそんなにいいのだろう? と他の人が聞いていたら
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さびしいむし
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼女を生み彼女をはぐくんだアルプスの連嶺に迎えられる喜びを子供達に分けようとする様に、頬ずりしながら山を指す姿を見ると、私はさびしくなってゆくばかりだ。
祭の夜にひっ攫われたような荒っぽさとさびしさがホテルの建物じゅうに満ちているところを追々のぼって五階の廊下へ出たら、ここの廊下も同じく隈ない明るさにしーんとしずまって
十四日祭の夜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さびしい妙な心持、良人であり、妻であり、離れることなど永劫なさそうに思えたものが、いつかこのように遠い、淋しい他人同士になるとは。ただの他人より淋しい他人同士になるとは。
一通りの挨拶、短い応答が終ると、伸子は失望というか、意外さというか、ぼんやりさびしい心持を感じた。居合せる人の中には一目で何処か好きになれるというような人が一人もいなかった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この、世界が空っぽになったようなさびしさ、何をしても——路を歩いても、読んでいても——すべてはただ彼に会うまで、時間をつぶす方便だという感じ、空気まで妙に稀薄になったような息苦しさ。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)