妄想まうさう)” の例文
手紙だけなら惡戯とも被害妄想まうさうとも見られないことはありませんが、八五郎を訪ねた老女といふのが妙に氣になります。
あしのとまるところにて不図ふと心付こゝろづけば其処そこ依田学海先生よだがくかいせんせい別荘べつさうなり、こゝにてまたべつ妄想まうさうきおこりぬ。
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
しかしもう一人の盗人は彼よりも更に妄想まうさうを持つてゐた。クリストはこの盗人の言葉に彼の心を動かしたであらう。この盗人を慰めた彼の言葉は同時に又彼自身を慰めてゐる。
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さらずば御母上おんはゝうへ御機嫌ごきげんうかゞひの御状ごじやうか、さらずば御胸おむねにうかぶ妄想まうさうのすてところうたか、さらずば、さらずば、かたたまはらんとて甲斐かひなき御玉章おんたまづさ勿躰もつたいなきふでをやたまふ。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
だから、こんな莫迦げた妄想まうさうを起す奴を相手に興奮してはつまらぬと、煙草を吸ひかけたが、手がふるへた。寿枝はおろおろして燐寸マツチをつけた。その瞬間、二人ははつと顔をそむけた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
大谷が間に立つてしかけた縁談は、碌に話の進まぬ中に立ち消えになつて、父の口から明ら樣に彼れに告げて意向を確める必要もなくて濟んだが、彼れは二三日妄想まうさうに惱んだゞけで
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
妄想まうさう、妄想——今の患者の眼に映つた猫も、君の眼に映つた新平民も、みんな衰弱した神経の見せる幻像まぼろしさ。猫が捨てられたつて何だ——下らない。穢多が逐出おひだされたつて何だ——当然あたりまへぢや無いか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「豊年坊主が、船を調べろ——と言つたのは、死に際の妄想まうさうで、何を言つたか、わけがわかりませんね」
死に際の妄想まうさうで、惚れた女の名を呼んだことでせう