大井おほゐ)” の例文
太古たいこ遺跡ゐせき發掘はつくつに、はじめてくだしたのは、武藏むさし權現臺ごんげんだいである。それは品川しながはたくからきはめてちかい、荏原郡えばらぐん大井おほゐ小字こあざこと
大井おほゐ中津川なかつがはの諸驛を過ぎて、次第に木曾の翠微すゐびちかづけるは、九月もはや盡きんとして、秋風しうふう客衣かくいあまねく、虫聲路傍に喞々しよく/\たるの頃なりき。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
「先生の指図通さしづどほり、宇津木をつてしまふのだ。君は出口で見張つてゐてくれ給へ。」聞きれた門人大井おほゐの声である。玉造組与力たまつくりぐみよりきせがれで、名は正一郎しやういちらうと云ふ。三十五歳になる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
東海道線とうかいだうせんやませんがつして鐵道線路てつだうせんろ右手みぎて臺地だいちがそれで、大井おほゐ踏切ふみきりからけば、鐵道官舍てつだうくわんしやうらから畑中はたなかるのである。