地方ぢかた)” の例文
今度の婆さんは一人ではなく、五六人が一列に並んで、揃ひの扇を翳しながら、地方ぢかたはなしに自分たちで歌を唄つては踊つてゐる。
二月堂の夕 (旧字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
與力よりきなかでも、盜賊方たうぞくがた地方ぢかたとは、實入みいりがおほいといふことを、公然こうぜん祕密ひみつにしてゐるだけあつて、よそほひでもまた一際ひときは目立めだつて美々びゝしかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
伊豆の子浦の地方ぢかたの見えるあたりまで行ったところで、舵を壊され、船が横倒しになって山のような浪がうちこむ。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
踊の済んだ時に、もうこれでいゝと思つた心持と、地方ぢかたの座を背にして、扇を膝に当てながら歌の起るのを待つて居た記憶はありますが、その間の気分などは皆忘れてしまひました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その間にも普賢菩薩のお妙が、人間象の背の上で、兎もすれば安定を失つて、見物がドツと笑ふのが、囃子方の鳴物や、地方ぢかたの唄を壓して、氣が遠くなるほど、夜の空氣を搖すぶります。
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
其時に得た學問は、右の開墾や水理すべて地方ぢかたの事で、秣場まつぢやうつぶして畑地とする損益とか、河流の改修に就いての利害とか、その土地々々でいろ/\な問題に出遇つて、種々な研究をしつゝ歩いた。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
弱い奴は地方ぢかた近くに働いて居るという訳になるのだろう。
夜の隅田川 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「私は早崎まで、すぐこの先の地方ぢかたです。」
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
それを但馬守たじまのかみられるのが心苦こゝろぐるしさに地方ぢかた與力よりき何某なにがしは、ねこ紙袋かんぶくろかぶせたごと後退あとずさりして、脇差わきざしの目貫めぬきのぼりうくだりう野金やきんは、扇子せんすかざしておほかくした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
朝の五ツ時にかかって、八ツ時にようやく切り倒し、地方ぢかたの見えるところでまねきをあげる。菰と笠を棹の先につけて舳に立て、流れ舟だから助け舟を出してくれというこれが合図。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
村方ではさかんに火を燃す。あの端舟さえ捨てなかったらと、今になって歎くのも愚痴。みすみす手の届くところに地方ぢかたを見ながら、端舟がないばかりに漕ぎつけることもできない。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)