ささ)” の例文
そうして、その顔を代助のそばまで持って来て、先生、奥さんですとささやく様に云った。代助は黙って椅子を離れて座敷へ這入った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近づく折があったら、たった一言「許す」とささやき度い衝動に駆られ乍らも、半十郎の常識と体面が必死とその奔出する熱情を押えるのでした。
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
今では全く「恋をささやく」ということさえも、その経済上の解決なくしては不可能になっている。それを皆はそういう言葉としてではなしに感じているのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それからもう一つそのあくる日のこと……かどうかよくわからないが、ウッスリ眼をました彼はささやくような声で話し合っている女の声をツイ枕元の近くで聞いた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弁之助が世の中のためお国のためにやくだつりっぱな武士になるようにと、そばについて護って下さるんだ。彼はそう思いながら、ささやくような声でそっとこう云った。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ささき合うと、三人のは、ひょいと躍って、蛙のようにポンポン飛込む、と幕の蔭に声ばかり。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
辰爺さんは、美的百姓に大きな声でささやいた。「岩もね、上等兵の候補者になりましたってね」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
女に、殊に幼な馴染なじみのアイリスに性慾を感じさせるような身振りやささやきをどうしても彼はすることが出来なかった。彼は自分の手も足も出せない不器用さが口惜しかった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
冷たい私の知恵は私の耳にささやいて、恋ではない、恋ではないとわれとわが心を欺いてわずかに良心の呵責かしゃくを免れていたが、今宵この月の光を浴びて来し方の詐欺いつわりに思い至ると
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
たちまち、そのおかみさんは乗客たちに包囲され、何かひそひそささやかれています。
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
「あれは山𤢖の女房だとも云いますよ。」と、下男は更に低声こごえささやいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてどんな言葉がささやかれたかは、知る由もなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
上枝うはえそよろにささやきてりこそまがへ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
「恋をささやくためにだって、第一こんなに長い時間働かせられたら、たまったもんでないし、それにたまにあの人と二人で活動写真位は見たいもの、ねえ——」
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
これからも末ながく契るであろうことなど、溶けるように嬌めかしくささやくのであった。
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
引越の翌日は、昨日の温和に引易えて、早速さっそく田園生活の決心を試すかの様な烈しいからッ風であった。三吉は植木うえきを植えて了うて、「到底一年とは辛抱しんぼうなさるまい」と女中にささやいて帰って往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私の耳の傍で突然に、低い、ささやくような声がしたのは……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二人は近々と、何時いつの間にやらささやき合う姿勢になります。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
低い声ながらしきりにささやき合ったり、肩をすくめて忍び笑いをしたりしていた。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
同時に闇の中に「ク〻ク〻」と云うささやきを聞いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
高雄はそちらへ背を向けたままで、ささやくような声で云った。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)