切立きった)” の例文
あの空とあの雲の間が海で、浪の切立きったち岩の上に巨巌きょがんを刻んで地から生えた様なのが夜鴉の城であると、ウィリアムは見えぬ所を想像で描き出す。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目の下の崕が切立きったてだったら、宗吉は、お千さんのその声とともに、さかしまに落ちてその場で五体を微塵みじんにしたろう。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さながら井戸の如き切立きったて、深さも二三丈はありまして、其の穴からまた横に掘ったのでございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
細くなって消え失せると、あたりが死んだように静かになる。二人は枯草かれくさの中に立って仰向いて鴉を見ると、鴉は切立きったての樹の枝に頭を縮めて鉄の鋳物いもののように立っている。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
さて一方は長者園のなぎさへは、浦の波が、しずかひらいて、せわしくしかも長閑のどかに、とりたたく音がするのに、ただ切立きったてのいわ一枚、一方は太平洋の大濤おおなみが、牛のゆるがごとき声して
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其所の腰掛の後部うしろは高い屏風びょうぶのように切立きったっているので、普通の食堂の如く、広いへやを一目に見渡す事は出来なかったが、自分と一列に並んでいるものの顔だけは自由に眺められた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お京さんが、崖で夜露にすべる処へ、石ころ道が切立きったてで危いから、そんなにとぼついているんじゃ怪我をする。お寺へ預けて、昼間あらためて、お参りを、そうなさい、という。こっちはだね。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分がたたずんでいた七八間さきの、切立きったてに二丈ばかり、沖から燃ゆるようなくれないの日影もさせば、一面には山の緑が月に映って、練絹ねりぎぬを裂くような、やわらか白浪しらなみが、根を一まわり結んじゃ解けて拡がる
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時緑青色のその切立きったてのいわの、なぎさで見たとは趣がまた違って、亀の背にでも乗りそうな、中ごろへ、早薄靄うすもやかかった上から、白衣びゃくえのが桃色の、水色のが白の手巾ハンケチを、二人で、小さく振ったのを
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
切立きったてたような、あの闇がり坂、知ってたっけか。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)