僻遠へきえん)” の例文
殺された内地人の殆んど全部は僻遠へきえんの山間に在って、たのしみ少く、僅かに運動会の開催に胸とどろかせていた気の毒な人たちである。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
しかも地方僻遠へきえんの地で「翁」ほどの秘曲を理解し、これを演出し得る程に真剣な囃子方、狂言方等は容易に得られない関係から、当地方の能楽界の技倆が
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
海嘯の起ったのは、陰暦の五月五日のであった。まだ陰暦で年中行事をやっている僻遠へきえんの土地では、その日は朝から仕事を休んで端午たんご節句せっくをやっていた。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よって我等老夫婦は、北海道に於ける最も僻遠へきえんなる未開地に向うて我等の老躯と、僅少なる養老費とを以て、我国の生産力を増加するの事に当らば、国恩の万々分のいつをも報じ
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
私はあわただしく身の始末をつけて東京を立ち退いた。僻遠へきえんの土地で一年を送った。その町の派出所の若い巡査の顔を見て、私はなんだか見覚えがあると思った。そのうちに思い当った。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
延岡は僻遠へきえんの地で、当地に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞くところによれば風俗のすこぶる淳朴じゅんぼくな所で、職員生徒ことごとく上代樸直じょうだいぼくちょくの気風を帯びているそうである。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう一つ僻遠へきえん諸離島の人頭税取立てとを兼ねて、一人の島民巡警を引連れ、内地人の乗ることなどほとんど無い・そして年に僅か三回位しか通わないこの離島航路の小船に乗ったのであった。
地方僻遠へきえんの田舎に、都会の風塵から汚されずに存在する郷土的玩具や人形には、一種言うべからざる簡素なる美を備え、またこれを人文研究史上から観て、すこぶる有意義なるものが多いのであるが
土俗玩具の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
しかし私は奥山の人奥山君を知っているが、同君も義理で少々は合槌あいづちを打つがよく聞くとただ淋しい一山村というに過ぎぬようである。地図で見ても奥山は天竜の水域でさして僻遠へきえんの地ではない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
丁度浮木うききが波にもてあそばれて漂い寄るように、あの男はいつかこの僻遠へきえんさかいに来て、漁師をしたか、農夫をしたか知らぬが、ある事に出会って、それから沈思する、冥想めいそうする、思想の上で何物をか求めて
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)