僑居きょうきょ)” の例文
天民名ハ行、常陸ひたちノ人ナリ。袁子才えんしさいヲ景倣シテ詩仏ト号ス。天民ノ父いみなハ光近医ヲ業トシ宗春ト称ス。江戸ニ来ツテ銀街ニ僑居きょうきょス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある日の夕暮れなりしが、余は獣苑じゅうえんを漫歩して、ウンテル・デン・リンデンを過ぎ、わがモンビシュウ街の僑居きょうきょに帰らんと、クロステルこうの古寺の前にぬ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
君の親戚が当時余の僑居きょうきょと同じく原宿はらじゅくにあったので、君はよく親戚に来るついでに遊びに来た。親戚の家の飼犬かいいぬに噛まれて、用心の為数週間芝の血清けっせい注射ちゅうしゃに通うたなぞ云って居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さて、予帰朝後この田辺の地に僑居きょうきょし、毎度高橋入道討ち死にの話を面白く語った。
雪の下の僑居きょうきょの筋向いに挿花そうかの師匠が住んでいて、古流では名人に数えられていた。その家の入口の前坪まえつぼに四つ目をって、その内側に、やっと四、五尺に伸びた御柳がうえてある。
手紙は点滴てんてきの響のうちしたためられた。使がほろの色を、打つ雨にうごかして、一散に去った時、叙述は移る。最前宗近家の門を出た第二の車はすでに孤堂先生の僑居きょうきょって、応分の使命をつくしつつある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
築地本願寺畔の僑居きょうきょに稿を起したわたしの長篇小説はかくの如くして、遂に煙管キセルやにを拭う反古ほごとなるより外、何の用をもなさぬものとなった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この恩を謝せんとて、自らわが僑居きょうきょし少女は、ショオペンハウエルを右にし、シルレルを左にして、終日ひねもす兀坐こつざするわが読書の窓下そうかに、一輪の名花を咲かせてけり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ある日田舎の人が二人青山高樹町のかれ僑居きょうきょに音ずれた。一人は石山氏、今一人は同教会執事角田新五郎氏であった。彼は牧師に招聘しょうへいされたのである。牧師は御免を蒙る、然し村住居はしたい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まだ築地本願寺側の僑居きょうきょにあった時、わたしは大に奮励して長篇の小説に筆をつけたことがあった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
酔ヘバ則チ一世ヲ睥睨へいげいシ、モシ意ニもとルコトアレバ、すなわチ面折シテ人ヲはずかシム。ここヲ以テ益〻ますます窮ス。シカモソノ志ノ潔ナル世知ル者ナシ。文久二年壬戌十一月二十八日病ンデ江戸不忍池しのばずのいけ僑居きょうきょニ没ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)