いつ)” の例文
旧字:
部屋も気に入ったし、妻には宴会といつわって出たので、帰りの時間の心配もない、万事好都合だ。会社の帰途、彼女と同行する。
魔性の女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
年足らずの十三を、十五だといつわって、姉は十六銭の日給を貰うために、朝五時から起きて、いそいそと一里も離れている専売局にかよった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
かれはこれが自分の本来だと信じてゐる。親爺おやぢの如きは、神経未熟みじゆくの野人か、然らずんばおのれをいつはる愚者としか代助には受け取れないのである。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
藤原秀郷、いつはりて門客に列すきのよしを称し、彼の陣に入るの処、将門喜悦の余り、くしけづるところの髪ををはらず、即ち烏帽子に引入れて之にえつす。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「何のいつわり……南蛮渡来……だろうと妾は思うのさ! 珍らしい薬は一切合切、南蛮渡来へ持ってきますからねえ。……ああ眠剤には相違ありませんよ」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汝がドラマを歌ふは贅沢なり、汝が詩論をなすは愚癡なり、汝はある記者が言へる如くいつはりの詩人なり、怪しき詩論家なり、汝を罵るもの斯く言へり、汝も亦た自から罵りて斯く言ふべし。
漫罵 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平をさえ得意に喋々ちょうちょうして、したり顔である。これはあえてみずかあざむくの、人をいつわるのと云う了見りょうけんではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
、手に入れたなどといつわり云ったのに。……いまに至ってそれを取り消すとは
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「眠剤といつわって砒石の大毒、そなたへ渡したのもその女でござろう?」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ようやくの思で吐いた嘘は、嘘でも立てなければならぬ。嘘をまこといつわる料簡りょうけんはなくとも、吐くからは嘘に対して義務がある、責任が出る。あからさまに云えば嘘に対して一生の利害が伴なって来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)