下弦かげん)” の例文
船が洋上へ出るにしたがい、さすが波のうねりは高く、またどこかには月の色があわかった。下弦かげんの月である。親船の黒い帆蔭になっている。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かうけて、天地の間にそよとも音せぬ後夜ごやの靜けさ、やゝ傾きし下弦かげんの月を追うて、冴え澄める大空を渡る雁の影はるかなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
うまやの外の広場には、下弦かげんの月が雪を銀に照らしていた。そこにあったむしろをへかけてやろうとすると、朝月あさづきはそれをはね落として、くらをぐいぐいとひいた。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
中でも必要だったのは十一月下卯げう、すなわち満月の前二日から、下弦かげんの後二日までの間に、年によってちがう日を、かねて新嘗の日と定められてあった理由である。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みんなは下弦かげんつきひがしそらたのもかずにひどれのやうにあるいてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
美しき下弦かげんの月。昼間のお歌のつづきをこれにて。さぞや御名吟が——。
稲生播磨守 (新字新仮名) / 林不忘(著)
光もおぼろの下弦かげんの月が、中天にしずかにねむっていて風も死んでいた。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
下弦かげんの月の海原は、夜明けをおもわせるが、まだ夜明けには間があった。——やがて吉致の影は、侍者に別れて、仲間の速舟のうちへ戻っていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜂須賀中納言はちすかちゅうなごんの屋敷の森に、芝居めいた下弦かげんの月が白かった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この夜、海上の不知火しらぬいはここらの里ではわからなかったが、しかし、おなじ下弦かげんの月が空にあった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)