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たゞず
三四郎は此名前を読んだ儘、しばらく戸口の所で
佇んでゐた。
田舎者だから
敲するなぞと云ふ気の利いた事はやらない。
灣口を
出づるまで、
私は
春枝夫人と
日出雄少年とを
相手に
甲板上に
佇んで、
四方の
景色を
眺めて
居つたが、
其内にネープルス
港の
燈光も
微かになり、
夜寒の
風の
身に
染むやうに
覺えたので
函館の
棧橋からそこへ通ふ小蒸汽船に乘つて、
暗褐色の波のたゆたゆとゆらめく
灣内を
斜に横切る時、その
甲板に一人
佇んでゐた私の胸にはトラピスト派の神祕な教義と、
嚴肅な修道士達の生活と
のそ/\
上り込んで茶の
間へ
来ると、座敷で話し声がする。三四郎はしばらく
佇んでゐた。手に
可なり大きな風呂敷
包を
提げてゐる。
中には
樽柿が一杯
入つてゐる。