“しょうさい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
詳細33.3%
小塞8.3%
小砦8.3%
少斎8.3%
松釵8.3%
樵採8.3%
蒋済8.3%
醮祭8.3%
𩸀魚8.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細しょうさいな当時の事情がようやく判明するに至った。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほとんど昏迷こんめいの域にあったので、詳細しょうさいの記憶はない。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その王平の戦いぶりと、汝の敗北とは、問題にならない程ちがう。彼は、麓に小塞しょうさいを築いて、すでに蜀軍が総崩れとなっても、小隊の隊伍を以て、整々とみだれず、よく進退していたため、敵も一時は彼に伏兵やある、なんらかの詭策きさくやある、と疑って敢えて近づかなかった程だったという。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真田は冬の陣中自分に附けられた三千人を率いて此の危険な小砦しょうさいを守り、数万の大軍を四方に受け、恐るる色がなかった。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大台所で会った小笠原少斎しょうさいは、彼女の顔いろとあわただしさに、呼びとめた。
姫子松なら五葉であるから松釵しょうさいはちと不適当だ、これもその二字を棄てかねた執着の致す所である。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
燕王よろこんでいわく、敵必ず兵を分ちて之をまもらん、其の兵分れて勢弱きに乗じなば、如何いかく支えんや、と朱栄しゅえい劉江りゅうこうりて、軽騎を率いて、餉道しょうどうらしめ、又游騎ゆうきをして樵採しょうさいを妨げみださしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
司馬懿仲達と共に、丞相府の主簿をしている蒋済しょうさいいて云った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍側の蒋済しょうさいがすすめた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
醮祭しょうさいして致すべしと。
明の永楽十五年に成った『神僧伝』九にいわく、州の僧、常羅漢は異人で、好んで人に勧めて羅漢斎を設けしめたからこの名を得、楊氏の婆、鶏を好み食い、幾千万殺したか知れず、死後家人が道士を招いて醮祭しょうさいする所へこの僧来り、婆の子に向い、われ汝のために懺悔してやろうという。
震災前まで人形町あたりに流行っていた「しょうさい」鍋は、河豚の一種に、𩸀魚しょうさいという名があるので江戸人につかわれた俗語であろう。
河豚 (新字新仮名) / 吉川英治(著)