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ぎしき
これは
後ほどお
話をする
朝鮮の
古墳からも
出るもので、かような
靴や
冠は、もちろん
平生使つたものでなく、
儀式のときなどに
用ひたものでありませう。
儒教が入って以来、その説くところやら、その
儀式がたいそう違って来たし、ことに仏教輸入以来はその
教理さえも変化し、おそらくこんにち
神道の名のもとに
以て此段申上奉り候明日は吉日に付御
親子御
對顏の御
規式を御取計ひ仕り候
尤も
重役伊豆守越前役宅
迄參られ天一坊樣へ御
元服を
見て吉兵衞は杢右衞門に向ひ
兵庫の
沖を今日
出帆せんは如何といふ杢右衞門は
最早三が日の
規式も
相濟殊に
長閑なる
空なれば
御道理なりとて
水差を
享保十
巳年も
暮明れば
同き十一
午年の元日
天神丸には吉兵衞
始め船頭
杢右衞門水主十八人
水差一人
都合二十一人にて元日の
規式を取行ひ三が日の
間は
酒宴に日を暮し
己が樣々の
藝盡して
興を