まう)” の例文
あらためて、これからぐに、つゑのなり行脚あんぎやをして、成田山なりたさんまうでましてな。……經一口きやうひとくちらぬけれども、一念いちねんかはりはない。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
命日毎に壽阿彌の墓にまうでるお婆あさんは何人なんぴとであらう。わたくしの胸中には壽阿彌研究上に活きた第二の典據を得る望がきざした。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
丫鬟走り入りて、七一おほがさのぬしまうで給ふをいざなひ奉るといへば、いづにますぞ、こち迎へませといひつつ立ち出づるは真女子なり。
此日雲飛はちにつた日がたので明方あけがた海岱門かいたいもんまうで見ると、はたして一人のあやしげな男が名石めいせきかついで路傍みちばたに立て居るのを見た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
菩提寺ぼだいじに先代安倍丹後守の墓にまうで、當主丹之丞が歸る前にいよ/\腹を切つて申譯だけはしようと思つたのでした。
魚の夜市が初まると云ふので、誰も皆浜辺の方を向いて歩いて行くのです。私のうちのお客様は、皆その夜市を見に行きます。私等は翌朝の住吉まうでの用意をさせられます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
朝の御講にまうづるとては、わかい男女をとこをんな夜明まへの街の溝石をからころと踏み鳴らしながら御正忌めえらんかん…………の淫らな小歌に浮かれて媾曳あひゞきの樂しさを佛のまへに祈るのである。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
われは寺院に往きてアヌンチヤタが爲めに祈祷し、又その墓に尋ねまうでつ。此地の瑩域えいゐきは、高き石垣もて水面みのもより築き起されたるさま、いにしへのノアが舟の洪水の上にうかべる如し。
(前略)鹿島の神宮にまうで候へば、つい鹿島のなだよそに致し難く、すでに鹿島洋に出でて、その豪宕がうたうなる海と、太古さながらの景を見るうちに、縁あつて陸奥の松島まで遊意飛躍つかまつり候事
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眺め紀州へりて高野山へのぼり和歌の浦にて一首詠み熊野本宮の湯にりてもとの小栗と本復しと拍子にかゝれば機關からくり云立いひたてめけど少しは古物類ものぞく爲に奈良へ𢌞りて古寺古社にまう名張越なばりごえ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
時刻ときにはひまあり、まうで来し人も多くは牧師館に赴きて、広き会堂電燈いたづらに寂しき光を放つのみなるに、不思議やへなる洋琴オルガン調しらべ、美しき讃歌の声、固くとざせる玻璃窓はりまどをかすかにれて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
倶して藍光の目の神女、アテーネーの宮まうづべし。 270
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「神仏にも、人のまうでぬ日、夜まゐりたる、よし。」
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
初恋人はつこひびとのおくつきにまうづるごとし。
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
昨日きのふ碓氷うすひ汽車きしやりて、たうげ權現樣ごんげんさままうでたとき、さしかゝりでくるまりて、あとを案内あんないつた車夫しやふに、さびしい上坂のぼりざかかれたづねた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私は去年五月五日に、仙台新寺小路孝勝寺かうしやうじにある初子の墓にまうでた。世間の人の浅岡の墓と云つて参るのがそれである。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
昼は九九しみらに打して、よひ々ごとにはつかのもとにまうでて見れば、小草はやくもしげりて、虫のこゑすずろに悲し。
ゆめ一個ひとり風采ふうさい堂々だう/\たる丈夫ますらをあらはれて、自分は石清虚せきせいきよといふものである、けつして心配しんぱいなさるな、君とわかれて居るのは一年ばかりのことで、明年八月二日、あさはや海岱門かいたいもんまう見給みたま
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
東京とうきやうへば淺草あさくさのやうなところだと、かねいて大須おほす觀音くわんおんまうでて、表門おもてもんからかへればいのを、風俗ふうぞく視察しさつのためだ、とうらへまはつたのが過失あやまちで。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
然るにわたくしはかつて昌林院に至りし日雨にさまたげられて墓にまうでなかつた。わたくしは平八郎さんが來た時、これに告ぐるに往訪に意あることを以てした。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
何某なにがしの院はかねて二六四心よく聞えかはしければ、ここにとむらふ。あるじの僧迎へて、此の春は遅くまうで給ふことよ。
家康の命日、孝高の命日にも精進をせず、江戸から歸つても、孝高、長政の靈屋たまやまうでぬやうになつた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
二宮尊徳にのみやそんとくをうまつれる報徳神社はうとくじんじやまうづ。鳥居とりゐ階子はしごして輪飾わかざりをかくるさまなど、いたく神寂かんさびたり。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みち太郎稻荷たらういなりあり、奉納ほうなふ手拭てぬぐひだうおほふ、ちさ鳥居とりゐ夥多おびたゞし。此處こゝ彼處かしこ露地ろぢあたりに手習草紙てならひざうししたるがいたところゆ、いともしをらし。それより待乳山まつちやま聖天しやうでんまうづ。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかしさくつて錠が卸してあるから、雨中にまうづることは難儀である。幸に當院には位牌ゐはいがあつて、これに記した文字は墓表と同じであるから佛壇へ案内して進ぜようと答へた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
まうづるひとがあつて神佛しんぶつからさづかつたものとおもへば、きつ病氣びやうきなほりませう。わたし幸福かうふくなんです。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さんぬるとし中泉なかいづみから中尊寺ちうそんじまうでた六ぐわつのはじめには、細流さいりうかげ宿やどして、山吹やまぶきはなの、かたかひきざめるがごといたのをた。かれつめた黄金わうごんである。これあたゝかき瑠璃るりである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みやは、報徳神社はうとくじんじやといふ、二宮尊徳にのみやそんとくをうまつれるもの、石段いしだん南北なんぼくかしこくも、宮樣みやさま御手植おんてうゑつゐさかき四邊あたりちりとゞめず、たかきあたりしづかとりこゑきかはす。やしろまうでて云々しか/″\
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
休屋やすみややまに一かつそびえて巌山いはやま鎮座ちんざする十和田わだ神社じんじやまうで、裏岨うらそばになほかさなかさなけはしいいは爪立つまだつてのぼつたときなどは……同行どうかうした画工ゑかきさんが、しんやりも、えつつるぎも、これ延長えんちやうしたものだとおも
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
のちに、奧州あうしう平泉ひらいづみ中尊寺ちうそんじまうでたかへりに、松島まつしま途中とちううみそこるやうないはける道々みち/\かたはら小沼こぬまあしに、くわらくわいち、くわらくわいち、ぎやう、ぎやう、ぎやう、ちよツ
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
明州みんしうひと柳氏りうしぢよあり。優艷いうえんにして閑麗かんれいなり。ぢよとしはじめて十六。フトやまひうれひ、關帝くわんていほこらいのりてあらずしてゆることをたり。よつて錦繍きんしうはたつくり、さらまうでてぐわんほどきをなす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
紀伊きいみや樟分くすわけやしろまうづ、境内けいだいくす幾千歳いくちとせあふいでえりたゞしうす。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)