あゆ)” の例文
日影なおあぶずりのゆたうころ、川口の浅瀬を村の若者二人、はだか馬にまたがりて静かにあゆます、画めきたるを見ることもあり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
は何者か、われに近くあゆみ寄る跫音あしおと、続いて何事か囁く声を聞き侯ふが、少時しばらくにして再び歩みいだせば、……あゝ何処いづこにて捕へられしや。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いまにも、ってきそうな、灰色はいいろくもったそらにしながら、父親ちちおやおおまたにあゆむのを、小太郎こたろうちいさなあしいかけたのです。
けしの圃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おとなしく手をとられて常人のごとく安らかに芝生しばふ等の上をあゆむもの、すべて老若ろうにゃく男女なんにょあわせて十人近い患者のむれが、今しも
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本堂ほんだうぬかづてて、ちてきざはしかたあゆでたるは、年紀としはやう/\二十はたちばかりとおぼしき美人びじんまゆはらひ、鐵漿かねをつけたり。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けれども……皷動こどうまつたしづまつて、ながれがもとのゆるやかさにかへつたころきはめてしづかにあゆつてるものびしさを
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
伝吉でんきち駕籠かごなかはなあたまッこすってのひとり啖呵たんかも、駕籠屋かごやにはすこしのもないらしく、駕籠かごあゆみは、依然いぜんとしてゆるやかだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
まぎれもないスペイン型、ろうたけた若い美人である。と、お町うつむいた。メダルへくちびるを触れたのである。いつかあゆみもとまっている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我はわが道をあゆもう。しかしそれはいかなる道であろうか。神の国の嘉信を宣べ伝えても、人々は容易にこれを受けない。
どうして、おせんが地味な服装なりでもして、いくらか彼の方へあゆび寄るどころか。彼女は今でもあの通りの派手づくりだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
終夜しうやあめ湿うるほひし為め、水中をあゆむもべつに意となさず、二十七名の一隊粛々しゆく/\としてぬまわたり、蕭疎しようそたる藺草いくさの間をぎ、悠々いう/\たる鳧鴨ふわうの群をおどろかす
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
神さまの御指導によって正しい道があゆめるようにということだった。それなら何も差支ない。私は聖書を貰って、能く考えて見ることに納得なっとくした。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ひめさまのところへあゆつて、ものをいひにくと、いすけよりひめは、おほくめのみことのさいてあるのにがつかれて、うたをうたひかけられました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
むすめあゆみながら私の顏をぢつと見入ツた。あゝ其の意味深い眼色めいろ!私は何んと云ツて其を形容けいやうすることが出來やう。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
此處こゝ彼等かれらあひだには、それ/\袂別わかれことばもあらうとおもつたので、わたくし氣轉きてんよく一人ひとりはなれて波打際なみうちぎはへとあゆした。
斯くて四里をあゆんで、午後の一時渓声けいせい響く処に鼠色ねずみいろ天幕てんまくが見えた。林君以下きながしのくつろいだ姿で迎える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この冬季とうき寒威かんゐじつはげしく、河水かすゐごときはその表面へうめん氷結へうけつしてあつ尺餘しやくよいたり、人馬じんばともそのうへ自由じいうあゆ
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
など打返うちかへそのむかしのこひしうて無端そゞろそでもぬれそふ心地こゝちす、とほくよりおとしてあゆるやうなるあめちか板戸いたどうちつけのさわがしさ、いづれもさびしからぬかは。
雨の夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
喬介は振り返って、遠去とおざけてあった矢島五郎の側まであゆると、かたえの警官には眼もれず、こう声を掛けた。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
女博士をんなはかせは静かな眉尻に一寸皺を寄せた。そして天国の黄金きん梯子はしごでも下りるやうな足つきをしてかたことと廊下をあゆんで、騒ぎの聞える一室の前に立つた。
ひのきとびらに銀のようなかわらせた門を這入はいると、御影みかげの敷石に水を打って、ななめに十歩ばかりあゆませる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれらの目算もくさんでは、この一番こそ、うたがうまでもない勝味かちみのあるものとしんじているのだ。天下あゆむことにかけて、たれか、早足はやあし燕作えんさくにまさる人間があるはずはない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ブラ/\と面白おもしろき空想をつれにしてどて北頭きたがしら膝栗毛ひざくりげあゆませながら、見送みおくはててドヤ/\と帰る人々が大尉たいゐとしいくつならんの、何処いづこ出生しゆつしやうならんの、あるひ短艇ボートこと
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「おい、なにをする。お前はよくよく判らねえ女だな。もう仕方がねえ。腕ずくだ。さあ、あゆべ」
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
性行にも音楽にも、生ける時も、かんおおうても、崇拝者と勁敵けいてきとの多いワグナーではあったが、そのあゆみは巨人的でその音楽の後世への影響の深甚しんじんさは否むべくもない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
あるわたくしがいつになく統一とういつ修行しゅぎょうきて、岩屋いわや入口いりぐちまでなんとはなしにあゆときのことでございました。ひょっくりそこへあらわれたのがれい指導役しどうやくのおじいさんでした。——
うすき影と、うすき光は、落花らくゝわ点々てん/\たる庭に落ちて、地を歩す、ながらてんあゆむのかんあり。
花月の夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
柔和にゅうわなる者は幸いなりとは、基督キリスト教訓きょうくんであるが、なんじに敵する者を愛せよとか、あるいはなんじを迫害する者に復仇ふっきゅうするなかれとか、なんじに一里の道をうる者あらば二里をあゆめとか
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あなつくるに當つては、或は長さ幾歩いくほはば幾歩とあゆみ試み、或はなわ尋數ひろすうはかりて地上にめぐらし、堀る可き塲所ばしよの大さを定め、とがりたるぼうを以て地を穿うがち、かごむしろの類に土を受け
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
爪繰つまぐりたり其の跡は藤井左京麻上下にて續いて山内伊賀亮は上下なり四人の者潛りより入りて玄關式臺の眞中を悠然いうぜんとしてあゆく門内には與力同心の數人スハと云へばからとらんと控へたり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
すみからすみへといそいであゆはじめる、丁度ちやうどはげしい熱病ねつびやうにでもにはかおそはれたやう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
両人とも打っ斬るから矢切山へあゆべッてえんだが、可愛相でがんすネ
「一所にあゆべ……おい、作公、何を愚図/\してやがるんだ?」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
声もなき白痴はくちの児をば抱きながら入日を見るがごとくにあゆ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この道は山峡やまがひふかく入りゆけどわれはここにてあゆみとどめつ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
広告のため、楽隊のはやしにれて彼をあゆませぬ……
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「おい安の字、一緒にあゆびねえ」
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あゆめば、歩むほど林の落葉を——
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
見すぼらしげにあゆむものかも
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
時間のあゆみのおそろしさよ。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くがけば平地へいちあゆむがごと
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
「さあ、あゆべ」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おかあさん、感情家だけではいけませんよ。生きるという事実の上に根を置いて、冷酷れいこくなほどに思索しさくあゆみを進めて下さい。」
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すぐに庫裏くり玄関先げんくわんさきあゆると、をりよく住職ぢゆうしよくらしい年配ねんぱいばうさんがいまがた配達はいたつされたらしい郵便物いうびんぶつながらつてゐたので
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
与助よすけがこういいますと、おおかみは、ぴたりとゆきうえあゆみをめました。そして、しばらくじっとしてうごきませんでした。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その絵巻えまきひろげた川筋かわすじ景色けしきを、るともなく横目よこめながら、千きちおに七はかたをならべて、しずかにはしうえ浅草御門あさくさごもんほうへとあゆみをはこんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
愛宕町あたごちやうは七八丁の距離しかないので銀之助はしづのこと、今のさい元子もとこのことを考へながら、あゆむともなく、徐々のろ/\るいた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
大正元年暮の二十九日、雪の黄昏を眺めた私の心のやるせない淋しさ——それは世界を掩うて近寄り来る死の蔭のひいやりとしたあゆみをわれ知らず感じたのでした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼は平和の人でありました。しかし不真実な世界に真実の人間が来たる時、彼は自分でまっすぐにあゆんでいるだけのことであるのに、世界は敵意をいだいて彼を眺める。
趙はその驢馬に乗って四方を遍歴したが、かつて一度もあやまちなく、馬は一日に百里をあゆんだ。