飽満ほうまん)” の例文
旧字:飽滿
よく聞きただして見ると、しかく平気な男も、時々は歓楽の飽満ほうまんに疲労して、書斎のなかで精神を休める必要が起るのだそうであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ウンという程飽満ほうまんしたアトの富豪連ですから、そうした脱俗的なピクニック気分を起すのは、生理上むしろ当然の要求かも知れませんからね。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今から考えると、かつての自分は普通の幸福に飽満ほうまんしてこそいれ、それは性のない外形だけの幸福のような気がする。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
で、秀吉が、山崎の合戦から今日まで、主として、中央に多忙を極めている数年間に、この二強国は、遺憾いかんなく、火事泥的かじどろてきな斬り取り稼ぎに飽満ほうまんした。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その上の麓の彩雲閣さいうんかく(名鉄経営)の楼上ろうじょうで、隆太郎のいわゆる「においのするうお」を冷たいビールの乾杯で、初めて爽快そうかいに風味して、ややしばらく飽満ほうまんした、そののことであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
往く先々で美味しい御馳走にありつくことの出来る豊饒な夏に飽満ほうまんした蠅どもは、別にそれを食べるのが目的ではなく、ただおのれを誇示せんがために砂糖の塊まりの上を往ったり来たりして
飽満ほうまんのちにくるたるみならば、まだ忍べるが、根本の愛の要求に錯誤があるからだと、彼女は悩みになやみぬいた、その夜の夜明けに、いよいよ気分をかえて、新しく彼を愛してゆこうと決心した。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼らはこの抱合ほうごううちに、尋常の夫婦に見出しがたい親和と飽満ほうまんと、それに伴なう倦怠けんたいとを兼ね具えていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
限り無い精力と、巨万の富と、行き届いた化粧法とに飽満ほうまんした、百パーセントの魅惑そのものの寝姿である……ことに、そのあごからくびすじへかけた肉線の水々みずみずしいこと……。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
物慾の飽満ほうまんだけなら、すでに今の信長は、七ヵ国の領主として、十分に事足りていよう。名誉や空名を欲するなら、かれは京都へむかって或る運動もできる立場と位置にある。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現実の生活に飽満ほうまんしてもなお美を追求する官能は、たくましくあえぐ。金持の隠居が世を果したのち、茶に凝り、茶器を撫で廻して笑壺に入る。この触感を性に関係ないと誰が言えるだろうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)