隻手せきしゅ)” の例文
隻手せきしゅの声は聞えなかったけれども、老師の身説法の幾分かを獲たかのように覚え、今に謝恩の心もあるのである。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
清八は得たりと勇みをなしつつ、圜揚まるあげ(まるトハ鳥ノきもいう)の小刀さすが隻手せきしゅに引抜き、重玄を刺さんと飛びかかりしに、上様うえさまには柳瀬やなせ、何をすると御意ぎょいあり。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
心を二六時にゆだねて、隻手せきしゅを動かす事をあえてせざるものは、おのずから約束をまねばならぬ運命をつ。安からぬ胸を秒ごとに重ねて、じりじりとこわい所へ行く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見た、勝負のことはわからないが、彼の隻手せきしゅの術はすさまじい、瓦十枚を手刀で破るし、二本の指で四分板五枚を突きやぶる、それから、五寸くぎこぶしで板へ打ちこんでみせた
伏しては隻手せきしゅを以て蒼海を渡るべし、鷲のごときの視力よく天涯を洞察し得べし、虎のごときの聴神経よく小枝を払う軟風を判別し得べし、我の胃は消化し能わざる食物あるなく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「無声の声は、禅家ぜんけのいわゆる隻手せきしゅ音声おんじょうといったようなものでございますか」
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
空手くうしゅにして鋤頭じょとうれ」とか、「隻手せきしゅの声を聞け」とか、「無絃の琴を弾ぜよ」などという。論理の判断では到底解決がつかぬ。なぜこういう不思議な問いを出すのか、出さねばならないのか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
アルフレッドは今や絶体絶命、彼は地にひざまずいて切なる祈を神に捧げた。「我が罪無きを知り給う全能の神よ。願わくは加護を垂れさせ給え」と、満腔の精神を隻手せきしゅに集めて、彼は骰子を地になげうった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
(剣は隻手せきしゅ、人間は両手)
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きたるべき悲劇はとうから預想よそうしていた。預想した悲劇を、なすがままの発展に任せて、隻手せきしゅをだに下さぬは、ごう深き人の所為に対して、隻手の無能なるを知るがゆえである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
報恩ほうおん隻手せきしゅ
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)