阿母おかあ)” の例文
あるとき、うちの者はみんな外出して、酒井氏と氏の阿母おかあさんとたつた二人で留守番をしてゐたことがあつた。氏は煙草が飲みたくなつた。
すると泰さんは落着き払って、ちょいと麦藁帽子のひさしへ手をやりながら、「阿母おかあさんは御宅ですか。」と、さりげなく言葉をかけました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「わしにも大切だいじ阿母おかあさんなら、お前にとっても一人の母親だ。この老母を路頭に迷わせるようなことがあってはならぬからな」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
旦那の又直ぐ後を、白地の浴衣を着た藤野さんの阿母おかあさん、何かしら手に持つた儘、火の樣に熱した礫の道路を裸足はだしで……
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
竹ちやん、お前も十二やよつてな、櫻井の驛子別れの時の正行まさつらおなどしや。阿母おかあさんのいふことを、よう覺えときや。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「そのうちには如何したつて阿母おかあさんの方に一処になることになるに極つてゐるわ、あたしは平気だけれど。」
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ひとりは女中らしい二十歳はたちばかりの女で、一人は十六ぐらいのお嬢さん、もう一人はこの阿母おかあさんらしい四十前後の上品な奥さんで、みんな寡言むくちなつつましやかな人達だから
河鹿 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何ですか、お国では阿父おとうさんも阿母おかあさんもお変りは有りませんか?」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
氏は教育家だけに、どんなに人手が欲しい場合にも、阿母おかあさんだけには物を頼まなかつた。氏は言ひにくさうに頭をかいた。
今日でまる三日の間、譫言うわごとばかり云っている君の看病で、お敏さんは元より阿母おかあさんも、まんじりとさえなさらないんだ。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「泊つて行きなはるか。……久し振りや、阿母おかあさんの乳汁ちゝ可味おいしおますで。」と千代松は微笑みつゝ言つて、背後うしろすくんでゐる竹丸を母の前へ引き出さうとした。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
藤野さんは、其以前そのまへ、村から十里とも隔たらぬ盛岡の市の學校にゐたといふ事で、近江屋の分家の、呉服屋をしてゐる新家といふ家に、阿母おかあさんといふ人と二人で來てゐた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
阿母おかあさんはやらないの?」と、隣りの部屋を指して訊ねた。
昔の歌留多 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「君もいたのか。」「僕もいるしさ。君の阿母おかあさんもここに御出でなさる。御医者様は今し方帰ったばかりだ。」
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そら仕樣がないと言や仕樣がないが、さう言うたもんやおまへん。なアんち、……阿母おかあさんに會ひとおまツしやろ。」と、千代松は微笑ほゝゑみながら竹丸の顏を見詰めた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
阿母おかあさん、申し兼ねますが、そこにある煙草盆をこつちへ蹴飛ばして下さい。」
一遍いつぺん來とくれやす。きつとだツせ。……明日あした……明後日あさつて……そら阿母おかあはんが喜びはりまツせ。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
家の阿母おかあさんにも勝つた、これから一つこの和尚さんに勝つて、どうしてもあのおいしさうな駿河屋の羊羮を喰べねばならぬと、文吾は小ひさな胸に、自ら問ひ、自ら答へて、深く決心した。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
『そら、あつたこともあるか知りまへんが、今はあれしまへん。うそと思ふんなら、うちへ來て見なはれな、阿母おかあはんと、ども二人と四人家内よつたりがないだすがな。』と、これだけはさゝやくやうに低く言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
阿母おかあさん……」と、文吾も夢のやうな聲で呼んだ。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)