“遼(りょう)” の例文
大宋国(たいそうこく)の北から東の大山脈をさかいとして、その彼方の蕃地(ばんち)には遼(りょう)(韃靼(だったん)のわかれで契丹(きったん)ともよぶ)という大国がある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわゆる支那北部の旧族、いわゆる支那の歴史あって以来周狄(しゅうてき)の後に匈奴(きょうど)となり、それから種々の変遷を経て遼(りょう)、金(きん)、また元(げん)となり、ついに愛新覚羅(あいしんかくら)氏が起った。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
遼陽の城外に東京陵(トンキンりょう)という古陵がある。昔ここに都していた遼(りょう)(契丹(きったん))代の陵墓で、周囲には古木がおいしげって、野草のあいだには石馬や石羊の横たわっているのが見いだされる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
第十三子桂(けい)を代(だい)王とし、大同府(だいどうふ)に居き、第十四子楧(えい)を粛(しゅく)王とし、藩に甘州府(かんしゅうふ)に就かしめ、第十五子植(しょく)を封じて遼(りょう)王とし、広寧府(こうねいふ)に居き、第十六子※(せん)を慶(けい)王として寧夏(ねいか)に居き、第十七子権(けん)を寧(ねい)王に封じ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
遼(りょう)を亡ぼした金(きん)(満州族)は、やがて太原(たいげん)、燕京(えんけい)を席捲(せっけん)して、ついに開封(かいほう)汴城(べんじょう)の都にせまり、徽宗(きそう)皇帝から妃(きさき)や太子や皇族までを捕虜として北満の荒野に拉(らっ)し去った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、近年では、満州の女真(じょしん)(金)や遼(りょう)の侵攻も油断がならぬため、徽宗(きそう)の宋(そう)朝廷でも、ここを重視して、その留守司(るすし)(北京軍司令官、兼、守護職)には、特に大物の人物を配していた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)