臥床とこ)” の例文
彼女の衰えた身体からだは、正太の祝言を済ました頃から、臥床とこの上によこたわり勝で、とかく頭脳あたまの具合が悪かったり、手足が痛んだりした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
平田は臥床とこの上に立ッて帯を締めかけている。その帯の端に吉里は膝を投げかけ、平田の羽織を顔へ当てて伏し沈んでいる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
ドッと臥床とこくというほどではないが、大変に気息いき切れがして、狭い家の中を掃くのさえ、中腰になって、せいせいといい、よほど苦しいような塩梅あんばいである。
言いつつしずかに入り来たりし加藤子爵夫人は、看護婦がすすむる椅子をさらに臥床とこ近く引き寄せつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
先に立つて智恵子のへやに入つて、手早く机の上の洋燈をともす。臥床とこが延べてあつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
泥棒のうはさの立つ毎に、ひよつとして自分の本箱や行李かうりの中に、ポケットなどに他人の金入れが紛れこんではゐないか、夜臥床とこをのべようと蒲団をさばく時飛び出しはしないか、と戦々兢々せん/\きよう/\とした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
われらはまだぬくまらぬ臥床とこを降りて、まどの下なる小机にいむかい、煙草くゆらするほどに、さきの笛の音、また窓の外におこりて、たちまちえたちまちつづき、ひなうぐいすのこころみに鳴くごとし。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
日の光は町々の屋根をかすめて、部屋の内へ射込んでいた。臥床とこの上にツクネンとしている叔父の前で、正太はその鉛の入った繭を転がして見せた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それも出来ず、始終、臥床とこに就くではないが、無聊ぶりょうそうにぶらぶらしておられました。
黎明しののめの光が漸く障子にほのめいたばかりの頃、早く行くのを競つてゐる小供等——主に高等科の——が、戸外そとから声高に友達を呼起して行くのを、孝子は毎朝の様にまだ臥床とこの中で聞いたものだ。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
惛々こんこんとして臥床とこの上に倒れぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼は一旦いったん入った臥床とこから復た這出はいだして、蚊帳かやの外で煙草をふかし始めた。お仙も眠れないと見えて起きて来た。豊世も起きて来た。三人は縁側のところへ煙草盆を持出した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
然う言つてお利代に手伝はれ乍ら臥床とこの上に寝せられた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「まあ、母親おっかさんは白粉おしろいなどをおつけなさるんですか」と豊世も臥床とこを離れて来て言った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そればかりでは無い、若い時から落魄らくはくの苦痛までもめて来た三吉には、薬を飲ませ、物を食わせる人の情を思わずにいられなかった。彼が臥床とこを離れる頃には、最早還俗げんぞくして了った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)