胸裡きょうり)” の例文
その一命をつかみとって、せめては、あの世で、故主経久つねひさ、義久にまみえんという一念を——なおひそかに胸裡きょうりふかく秘している鹿之介なのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば己の欲を抑えても、愛する者に与えたいとか、自己の身を失っても理想を実行せねばならぬというような考は誰の胸裡きょうりにも多少は潜みおるのである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
前者は人種、土地、教理、名称等の相違に留意することなく、その博大なる胸裡きょうりに、地上一切の人類を包擁ほうようせずんば止まぬ。彼は対者の意見などには頓着せぬ。
一、美は比較的なり、絶対的にあらず。ゆえに一首の詩、一幅いっぷくの画をとって美不美を言ふべからず。もしこれを言ふ時は胸裡きょうりに記憶したる幾多の詩画を取て暗々あんあんに比較して言ふのみ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
といふぐらゐの気持は、案外この才人の胸裡きょうりにうごいてゐたかも知れないのだ。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
試みに男子の胸裡きょうりにその次第の図面をえがき、我が妻女がまさしく我にならい、我が花柳にふけると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更しんこう家に帰りて面目めんぼくなかりしが、今夜は妻女何処いずくに行きしや
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
恋愛は各人の胸裡きょうりに一墨痕を印して外には見るべからざるも、終生まっすること能わざる者となすの奇蹟きせきなり。然れども恋愛は一見して卑陋ひろう暗黒なるが如くに、その実性の卑陋暗黒なる者にあらず。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ドイツでは一八九九年以来高層気象観測所を公設し、ことにカイゼル自身がこの方に力瘤ちからこぶを入れて奨励した。カイゼルの胸裡きょうりにはその時既に空中襲英の問題が明らかに画かれていたと称せられている。
戦争と気象学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)