登子とうこ)” の例文
そして行く谷水を見ていると、かつての年、妹の登子とうこが足利家へとついだときの白い姿や、あの夜のさかんな庭燎にわびやらがふと目に浮ぶ。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここへ、下向げこういらい、細川和氏が「——急務第一の任」とばかり、八方手をつくしていたのは、主君高氏の夫人、登子とうこかたの捜査だった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし母の清子は康永こうえい元年の十二月に病歿しており、妻の登子とうこむすめの鶴王(頼子ともいう)は丹波へ難を避けさせておいたのでここにはいない。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに直義ただよしが奉じて下向した成良しげなが親王はぜひにお連れ申し上げなければならない。いやそれと、尊氏の子の千寿王や、みだい所の登子とうこもいるのだ。
彼のあたまを、「留守に残してきた幼い千寿王やら妻の登子とうこは?」と、遠くのものが、流星のようにかすめていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妻の登子とうこ、そう三名の分骨がおさまっている山陰やまかげの位牌堂へ行く——一けん、健吉さんが「書斎しょさいにいいなあ」と感嘆したほど、閑素で清潔な小堂だった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それはわしの妻の登子とうこよ。いかにもそのせつ登子の許へ、かたみは届けられて来たが、お墓はないのか」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば、高氏が鎌倉に残してきた妻の登子とうこ幼子おさなごたちの未解決な運命などもこれからの課題である。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
登子とうこかと思えば、抱いていたのは、藤夜叉の体だった。——高氏は、角廊下すみろうかまで来て、吊り燈籠の明りに、死に絶えているかのような藤夜叉の顔をしげしげ見つめた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、出陣前に、登子とうこ実家さとの赤橋へあずけて行け。そして子二人は、大蔵おおくらへのこしておくか」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みだい所の登子とうこ、ならびに嫡子の千寿王の三名を——ひそかに自分の伊吹城のほうへひき取った。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以来、看護みとり登子とうこが、療治には侍医たちが、有隣のもとに全力をつくしてきた。わけて登子は帯も解かないやつれを病人と共にして、良人の苦熱を自分のなかにもあえいでいた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その守時は、いうまでもなく、尊氏の妻、登子とうこの兄でもある。——で、尊氏にとれば、さきの九州探題英時は他人でない。妻の兄だ。この九州と尊氏との宿縁もまた、浅くはない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから足利高氏へとついだ、かの登子とうこは、この英時の妹であり、高氏は義弟にあたる——。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
登子とうこは、白絹の小袿衣こうちぎに、鬢鬘びんかつらして、聟の高氏とならんだ。聟は、布袴直垂衣ぬばかまひたたれである。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
登子とうこの消息がつたえられてきたのである。——八方、さがしていた御台所の居どころが、都から知れてきたのは、細川兄弟はじめ、紀ノ五左衛門までが、びっくりしたのはむりもない。
登子とうこは、先年、男子の基氏もとうじを生み、この春には女子の鶴姫を生んでいた。初めての女の子である。尊氏はこの鶴姫が可愛くてならず、朝のいちどは、かならず乳の香のするここを覗く。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内輪うちわの恥を申せば、たしかに、不知哉はわが子に相違ありませぬが、まだ妻の登子とうこにも聞かせていず、一族も知らず、藤夜叉にはかたく時を待てと、申しつけおいたものにございます。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そちの妻子の問題だ。登子とうこと、そして子供らのことだが」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
登子とうこか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
登子とうこ
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)