涓滴けんてき)” の例文
竜池は涓滴けんてきの量だになかった。杯は手に取っても、飲むまねをするに過ぎなかった。またいまだかつて妓楼に宿泊したことがなかった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その彼方かなたには、青白い遠景と光を含んだ空気とがあった。夕べの静穏が苔の下に音をたてる涓滴けんてきのように、一滴ずつおりてきた。
衆呼で曰く涓滴けんてきの水だも其四方より相集まるやつゐに利根の大河をなすかと、従前の辛苦しんく追想つゐそうして感懐がんぐわい已む能はず、各飲むで腹にたす、之より山をのぼるを数十間にして又一小流あり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
すると何処どこからともなくちょろ/\と涓滴けんてきのしたゝる音が聞えて来ました。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたくしは前に優善が父兄とたしみを異にして、煙草をんだということを言った。しかし酒はこの人の好む所でなかった。優善も良三も、共に涓滴けんてきの量なくして、あらゆる遊戯にふけったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つなおろして岩角を攀登はんとし、千辛万苦つゐに井戸沢山脈の頂上てうじやういたる、頂上に一小窪あり、涓滴けんてきの水あつまりてながれをなす、衆はじめて蘇生そせいの想をなし、めしかしぐを得たり、はからざりき雲霧漸次にきた
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
さらさらといさごを洗う波の音の伴奏に連れて、えたばちのさばきが泉の涓滴けんてきのように、銀の鈴のように、神々こうごうしく私の胸にみ入るのである。三味線を弾いている人は、疑いもなくうら若い女である。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)