柏原かしわばら)” の例文
魚住勝七、小河おがわ愛平、金森義入ぎにゅう狩野かの又九郎、武田喜太郎、柏原かしわばら兄弟、今川孫二郎なども終始主君のそばから離れずに斬りふせいでいた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
列車が、柏原かしわばら駅についたとき、指揮をしていた鍛冶屋の大将は、なにを思ったものか、つと扉をあけて、プラットホームへ下りた。どこへ行ったんだろう?
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一茶は信州の高原柏原かしわばらの産で諸国を放浪した末また柏原に戻って来て、それから一生を其処に終った人である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
関ヶ原へ一里、柏原かしわばらへ一里というところ、なおくわしく言えば、江戸へ百十三里十六町、京へ二十二里六丁というほどの地点に、今須駅というのがあるのです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
明後日あさつては日曜だ、何処どこかへ行かうよ。その着物を見に三井へでも行かうか。いや、さうさう、柏原かしわばらの奥さんが、お前の写真を是非欲いと言つて、会ふたびやかましく催促するんでかなはんよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
伝吉はある日ふとしたことから、「越後浪人えちごろうにん服部平四郎はっとりへいしろうと云えるもののいかりを買い、あわやりも捨てられん」とした。平四郎は当時文蔵ぶんぞうと云う、柏原かしわばら博徒ばくとのもとに用心棒をしていた剣客けんかくである。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今宵の本陣は信州柏原かしわばらの定めであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「昨夕、柏原かしわばらからすぐ城内へお迎え申そうと存じましたが、いずれ一両日には、佐々木殿がここを通過するはず、ここで待つとの仰せゆえ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅の俳諧師はいかいしでございましてね、このたび、信州の柏原かしわばら一茶宗匠いっさそうしょうの発祥地を尋ねましてからに、これから飛騨ひだの国へ出で、美濃みのから近江おうみと、こういう順で参らばやと存じて
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
信州柏原かしわばら俳諧寺の縁に立ちて。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
愛知川えちがわ、小野、四十九院、摺針すりばり番場ばんばさめ柏原かしわばら。そして、伊吹のふもとまで、つつがなければもう近い。しかし、遠いここちでもあった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これで六角時信の異心がたんなる誤伝とわかり、また伊吹の道誉が、柏原かしわばらへお迎えに出ていてくれれば、申し分はないが、と思ったほどである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柏原かしわばらからこれへ来ていたし、また佐々木方の重臣も加わって、両家合体の約が成った祝杯とばかり、その談合に、沸きかえっていたのであった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「仰せには、こうしてあしたを待つよりは、いっそ夜明けぬまに峠を越えて、柏原かしわばらへ急いではとのおことばだが」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのあいだに、野上のがみの御陣へ急使をやって、気を揉んでおるお味方をのこらず、さっそく不破の内へ通し、こよいは、ほど近い柏原かしわばらに、野営を命じおかれてはどうか
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柏原かしわばらノ宿場だ。ここには約束の佐々木道誉が、約をたがえず、自軍を立て並べて待っていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先陣が江州の柏原かしわばらに着いても、後陣はまだ垂井たるいや赤坂を通っているほどその列は長かった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なおまた今宵は、柏原かしわばらのわが屋形に御一泊たまわらば、殊のほかな幸いだがと、あれ、あのように、供人らも控えさせて、不知哉川もお渡りなく、お待ち申しておられますわけで
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近江柏原かしわばら軍営ぐんえいを張り、年の終りをここにみた。——すでに十二月二十九日であった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)