本然ほんねん)” の例文
弁信のみが、彼女のひがめるすべての性格を忘れて、本然ほんねんの、春のように融和な、妙麗なお銀様の本色を知ることができるらしくあります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人間の本然ほんねんを欺きおおう可からざるところから、優等資質を有して居る者が文雅を好尚するのは自からなることでも有ったろう。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こうした性悪しょうわるの女を、その本然ほんねんな純情へ立ちかえらせてやるには、神の力よりも、仏の功力くりきよりも、はたまた、幾度とない獄吏ごくりめよりも
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先師は異国の借り物をかなぐり捨てて本然ほんねんの日本に帰れと教える人ではあっても、むやみにそれを排斥せよとは教えてない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
エスカレエタ式の流れに乗って、遠い屋外の白光びゃっこうから、一旦黄色光おうじきこうに変じ、黄色光から、宏壮な機関室に入って、やや本然ほんねんの木地の明りにその色は沈静して、しかして
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして誰でも彼等が祕密を洩らしてゐるのをあなたは決して惡意のある侮蔑ぶべつを持つて聞いてゐるのぢやない、ある本然ほんねんの同情をもつて、聞いてるといふことを感じます。
だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって、仏具を飾って僧侶そうりょがお勤めをしていたから、椿岳もまた頭を剃円そりまろめて法体ほったいし、本然ほんねんと名を改めてしばらくは淡島様のお守をしていた。
素直にというのは自分の魂の本然ほんねんの願いに従う事です。人間の魂は善を慕うのが自然です。しかし宿業しゅくごうの力に妨げられて、その願いを満たす事ができないのです。私たちは罰せられているのです。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
厳酷、その奥底には、人間の本然ほんねんの、あたたかい思いやりで一ぱいであるのだが、冷酷は、ちゃちなガラスの器物の如きもので、ここには、いかなる花ひとつ、咲きいでず、まるで縁なきものである。
本然ほんねんの命にかへる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
決して孤独が本然ほんねんなものでない。まして周囲のあらゆる人間たちから邪視じゃしされ、追いまわされ、そして冷たい世間と刃の中に囲まれている者が。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母は其子を兼盛のたねでは無いと云張り、兼盛は吾子わがこだと争ったが、畢竟ひっきょうこれは母が其子を手離したくない母性愛の本然ほんねんから然様そう云ったのだと解せられもするが
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鎌倉幕府というものの基礎や質のいかんにかかわらず人心はもう戦にみ、ここらで本然ほんねんの生活にかえって静かな生活をしてみたいことのほうに一致していた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
史家はなぜもっと深く行為の底を流れている本然ほんねんの血液をてやろうとはしないのか。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)