朔北さくほく)” の例文
厚い皮革製の胡服こふくでなければ朔北さくほくの冬はしのげないし、肉食でなければ胡地の寒冷にえるだけの精力をたくわえることができない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この辺は、勘察加土人カムチャッカダールが、Полхоиプラホーイ(哀れな土地)と呼ぶ地方で、ヤクーツク自治共和国に属する朔北さくほくの無人境である。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
予や、この一剣をもって、若年、黄巾こうきんの賊をやぶり、呂布りょふをころし、袁術えんじゅつを亡ぼし、さらに袁紹えんしょうを平げて、深く朔北さくほくに軍馬をすすめ、ひるがえって遼東を定む。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現実世界は山を越え、海を越えて、平家へいけ後裔こうえいのみ住み古るしたる孤村にまでせまる。朔北さくほく曠野こうやを染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈からほとばしる時が来るかも知れない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが云はせたさに、わざわざ念を押した当の利仁に至つては、前よりも一層可笑をかしさうに広い肩をゆすつて、哄笑こうせうした。この朔北さくほくの野人は、生活の方法を二つしか心得てゐない。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
御承知の通り、金は朔北さくほく女真族じょしんぞくから起って中国に侵入し、江北に帝と称すること百余年に及んだのですから、その文学にも見るべきものがある筈ですが、小説方面はあまり振わなかったようです。
朔北さくほくの秋風に意を強うする
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
霍去病かくきょへいが死んでから十八年、衛青えいせい歿ぼっしてから七年。浞野侯さくやこう趙破奴ちょうはどは全軍を率いてくだり、光禄勲こうろくくん徐自為じょじい朔北さくほくに築いた城障もたちまち破壊される。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「人をほふりてえたる犬を救え」と雲のうちより叫ぶ声が、さかしまに日本海をうごかして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっとこたえて百里に余る一大屠場とじょう朔北さくほくに開いた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)