方寸ほうすん)” の例文
龍耳りゅうじ老人の胸には何か、しかとした方寸ほうすんがたたみこまれているものと信じて、少しも行く先に危惧きぐを感じていないようであった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
榎本氏のきょ所謂いわゆる武士の意気地いきじすなわち瘠我慢やせがまんにして、その方寸ほうすんの中にはひそかに必敗を期しながらも、武士道のめにあえて一戦をこころみたることなれば
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「知れたもんさ。しかし金で女を買うなんざア、ちッとおひと好過よすざらア。僕ァ公園で二、三軒待合まちあいを知ってるよ。連れてッてやろう。万事ばんじ方寸ほうすんうちにありさ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
高橋作左衛門はその頃暦学では他に並ぶものがないとわれたほどの人で、寛政丁巳暦と称せられたのは彼と間重富はざましげとみとの方寸ほうすんによって成り立ったものであったのでしたが
伊能忠敬 (新字新仮名) / 石原純(著)
母親はしきりにそのことをもちだした。彼には彼の方寸ほうすんがあるので、その話は少し待って下さいといい、ひとおちつきすると、帰国の目的であるところの、かねての懸案に着手した。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
謎の女は烏をちゅちゅにして、雀をかあかあにせねばやまぬ。謎の女が生れてから、世界が急にごたくさになった。謎の女は近づく人をなべの中へ入れて、方寸ほうすん杉箸すぎばしぜ繰り返す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いざ雪ふらば降れ、風ふかば吹け、我が方寸ほうすんの海に波さわぎて、沖の釣舟つりぶねおもひも乱れんか、ぎたる空にかもめなく春日はるひのどかになりなん胸か、桜町が殿の容貌おもかげも今は飽くまで胸にうかべん。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何かそれ相当の変った方寸ほうすんがあられるのだとも察しられるのである。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「僕の方寸ほうすんに納めて、全然なかったことにして置いてやる」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ありがとう存じます。そうお任せ下されば、私の方寸ほうすん次第ですから、よほど気軽にやり抜けられる気がいたします」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
之に処するに智恵を要するは無論、その緻密微妙の辺に至りては、口以て言う可らず、筆以て記す可らず、全く婦人の方寸ほうすんに存することにして、男子の想像にも叶わず真似も出来ぬことなり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
直義と師直との衝突も、それいらいの直義の変り方も、なお先頃、義詮よしあきらと自分とを遠くに分離して、東西、個々に撃とうとした計なども、みな親房の方寸ほうすんから出ていたものだ。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「じゃ、私に方寸ほうすんもございますから、お家様が数寄屋のほうをを防いでおります間に——」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「其方たちは、唯、筑前が先手を勤め、わが命を奉じて、奮戦すればよいのだ。左様な根本の方策戦略は、信長公より命をうけて、一切この秀吉の方寸ほうすんにあること。おぬしらの容喙ようかいはゆるさぬ」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)