とら)” の例文
外部の圧迫に細り細りながら、やがて瀕死ひんしの眼にとらえられたものは、このように静かな水の姿ではなかろうかと……。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
城下ちかいを為すの恥を思わず、かえって忠貞をとらえて忌疑きぎを抱く。白映ペートルさかいを議す長崎の港、聖東ワシントン地をる下田のはま
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
遊女はやや老いて人もすさめなくなると、いよいよ歌謡と酒との昂奮こうふんを借りて、男女たがいの心の隈々くまぐまを探りあい、求め難い安住の機会をとらえようと努める。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と言いながら眼をげて源三が眼の行くかたを見て、同じく禽の飛ぶのを見たお浪は、たちまちにそのこころさとって、えられなくなったか泫然げんぜんとして涙をおとした。そして源三が肩先かたさきとらえて
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
長い間かかって、人生の隠微なるものの姿をとらえようとしていたのに、それらはもうあのままに放置されてあった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
近世ようやくにして再会の機会をとらえて、言語・信仰その他の生活諸相に、埋もれたる上代の一致を心づくに至ったことは、我々のためにも予期せざる大いなる啓発であり
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こういうなぞのごとくまた楽屋落がくやおちに近い表現法の中から、辛苦して私たちがその本主の心持をとらえようと努めるのも、要するにただこの人たちだけの、語ろうとしていた真実があり
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……あのてのひらの感触は熱かったのだろうか冷やりとしていたのだろうか……彼はオーバーのポケットに突込んでいる両手を内側に握り締めてみた。が何ものもとらえることは出来なかった。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
だが、彼はそうした妻の顔を眺めながら、つきつめた想いで、何かはてしないものを考えていた。いつも二人は相対したまま、相手のなかにとらえどころのない解答を求めあっているのであった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それというのもこの毎日のように入用のあった言葉が、古いものほど意味のとらえにくいのが多いためで、しかもその存在が飛び飛びで、遠い端々の一致があるということを知らないからである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)