おび)” の例文
ただ、彼女の場合は、その印象が、ひと口で云へば強烈であり、相手の調子になにかおびえさせるやうなものがありすぎたからであらう。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
はじめは勤人が居たんだが、俺の鼾に子供がおびえて仕方がないと云ふので、向方が越して知り合ひのあゝいふ師匠が移つて来たのだつたさ。
まことに物騒な世のなかで、わたくし共のような若い者は何が何やら無我夢中で、唯々いやな世の中だとおびえ切っていました。
怪談一夜草紙 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは君の服装の為か、空を濁らせた煙の為か、或は又僕自身も大地震におびえてゐた為か、その辺の消息せうそくははつきりしない。
灯の影もみえない藪影や、夜風にそよいでゐる崖際がけぎは白百合しらゆりの花などが、ことにも彼女の心をおびえさせた。でも、彼の家を車夫までが知つてゐるのでいくらか心強かつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
無智な、臆病な田舎ものの女共の魂は、こんなことにもおびえさせられて居るのであつた。やがて門の前へ来た。門は真黒な鉄の扉がどつしりと見る目を圧して固く鎖してゐる。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
それというのは、兎ならまだ幾分人間に近いかも知れないが、この頃は鳩なんかでやってみた実験の結果を、すぐ人間に適用しようという話が新聞に出たりして、少々おびえていたからである。
兎の耳 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
速記本で読まされては、それほどに凄くも怖しくも感じられない怪談が、高座に持ち出されて圓朝の口に上ると、人をおびえさせるような凄味を帯びてくるのは、じつに偉いものだと感服した。
 (おつやが「このお客様」と云った時、太吉はまたおびえておつやに獅噛しがみ付く。おつやも気がついて、旅人をみかえる。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかもその途端に一層私をおびえさせたのは、突然あたりが赤々とあかるくなって、火事を想わせるような煙のにおいがぷんと鼻を打った事でございます。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
といふ、安藤のおびえたやうな声に続いて、細々と絶え入るやうな、女の何ごとかを訴へる気配がした。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
若者が、おびえた虫のやうに息づいてゐるにも関はらず、彼等は飽くまでも明るく、享楽に充ちてゐた。
環魚洞風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
これでは白米禁止の噂におびえるのも無理もない話である。
兎の耳 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
私はおびえた眼を挙げて、悄然と坐っている相手の姿を見守った。吐息をしたのは彼だろうか。それとも私自身だろうか。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(正親は御幣を投り出して逃げ去る。花園もいよ/\おびえて逃げかゝれば、園生は縋りながら引摺られてゆく。)
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
もしや幽霊かとお菊は又おびえて首をすくめると、女は彼女かれの枕もとへすうと這い寄って来て低声こごえで呼んだ。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
刀に手をかけたと見て、平作をおさえていた駕籠屋や人足共は、あっとおびえて飛び退きました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭先には杜若かきつばたの咲いてゐる池があつて、腰元の幽靈はその池の底から浮き出したらしく、髪も着物も酷たらしくれてゐた。幽靈の顔や形は女小兒をおびえさせるほどに物凄く描いてあつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「あ、あれでござります。」と、おもよは俄かにおびえるようにささやいた。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
速記本で読まされては、それほどに凄くも怖ろしくも感じられない怪談が、高坐に持ち出されて円朝の口にのぼると、人をおびえさせるような凄味を帯びて来るのは、実に偉いものだと感服した。
寄席と芝居と (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お道はおびえた心持で一夜を明した。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)