得顔えがお)” の例文
折しも秋の末なれば、屋根にひたる芽生めばえかえで、時を得顔えがおに色付きたる、そのひまより、鬼瓦おにがわらの傾きて見ゆるなんぞ、戸隠とがくやま故事ふることも思はれ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
こういう場合には、情熱が時を得顔えがおにのさばり出て、それがちょうどいい工合ぐあいに事件と調和するときには、いつまでもその事件の蔭にとどこおっているものである。
押しつけるような閑静のどかのなかを、直ぐ前の御成おなり街道をゆく鳥追いの唄三味線が、この、まさに降らんとする血の雨も知らず、正月はる得顔えがおに、呑気のんきに聞えて来ていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
成願寺の森の中の蘆荻ろてきはもう人の肩を没するほどに高くなって、剖葦よしきりが時を得顔えがおにかしましく鳴く。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
過分の勲功を立てながら左程の御恩賞にもあずからず、忠なきやからとき得顔えがおに威張り散らしておりますのを恨んでいる者共が、随分多いのでござりますと、申したのでござりました。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何しろあれだけ大きな建物がなくなってしまった事とて境内は荒野あれののように広々として重苦しい夕風は真実無常を誘う風の如くところ得顔えがおに勢づいて吹き廻っているように思われた。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
例の保守的思想が時を得顔えがお跋扈ばっこするのであるからかような議論はごうも驚くに足らないわけであるが、そういう男子が自分らだけは昔から自由を享得していたような態度であるから滑稽こっけいである。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
……現在の人類全盛の世界は一瞬間に未来の夢となって、マンモス、エレファス、ステゴドンなぞいう巨獣が、とき得顔えがおにノサバリ廻っている百万年前の象の世界が、脚下に展開して来るであろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)