塵界じんかい)” の例文
俗念を放棄して、しばらくでも塵界じんかいを離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むかし呂洞賓りょどうひんという仙人は、仙道成就しても天に昇ったきりにならずに、何時迄も此世に化現遊戯けげんゆげして塵界じんかい男女なんにょ貴賎を点化したということで
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
法皇様はいっさい塵界じんかいと交渉を絶っておいでになる御生活ぶりですから、御相談事などは申し上げられないでしょう。
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「ここにく火のけむりなりけり」で、日々やっていることのうちに理想が含まれてある。またこれを養うに遠方にゆき塵界じんかいを去らねばならぬものでない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
人為では、とてもそんな真似は覚束おぼつかない、平生へいぜい名利のちまた咆哮ほうこうしている時は、かかる念慮は起らない、が一朝塵界じんかいを脱して一万尺以上もある天上に来ると、吾人の精神状態は従って変ると見える。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
われわれは山へむもよい、塵界じんかいを去るもよいが、それが理想を養う必要条件では断じてない。理想は心の作用さようである、実際は身体の作用である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
清閑の池亭のうち、仏前唱名しょうみょう間々あいあいに、筆を執って仏菩薩ぼさつ引接いんじょうけた善男善女の往迹おうじゃくを物しずかに記した保胤の旦暮あけくれは、如何に塵界じんかいを超脱した清浄三昧しょうじょうさんまいのものであったろうか。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼らがこの矛盾をおかして塵界じんかい流転るてんするとき死なんとして死ぬあたわず、しかも日ごとに死に引き入れらるる事を自覚する。負債をつぐなうの目的をもって月々に負債を新たにしつつあると変りはない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)