“塩尻(しおじり)” の例文
旧字:鹽尻
同行三人のものは、塩尻(しおじり)、下諏訪(しもすわ)から和田峠を越え、千曲川(ちくまがわ)を渡って、木曾街道と善光寺道との交叉点(こうさてん)にあたるその高原地の上へ出た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
金曜の午後大阪を立って名古屋で乗りかえ、塩尻(しおじり)で目をさまして窓を覗くと空は真暗である。松本下車、いやにあたたかい。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
捕まえてみると、この附近の土民らしく、馬の背に、穀物の俵を積み、夜を通して、塩尻(しおじり)の問屋まで行く途中だという。そしてなお、諄々(くどくど)と
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狐の書という話も例は多いが、『塩尻(しおじり)』(帝国書院本)の巻六十八および七十五にも、これと半分ほど似た記事がある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
是より最後の楽(たのしみ)は奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠(うすいとうげ)の冬最中(もなか)、雪たけありて裾(すそ)寒き浅間(あさま)下ろしの烈(はげ)しきにめげず臆(おく)せず、名に高き和田(わだ)塩尻(しおじり)を藁沓(わらぐつ)の底に踏み蹂(にじ)り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御存じの通り、この線の汽車は塩尻(しおじり)から分岐点(のりかえ)で、東京から上松へ行くものが松本で泊まったのは妙である。もっとも、松本へ用があって立ち寄ったのだと言えば、それまででざっと済む。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
塩尻(しおじり)まで来るととうとう小雨になった。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
『塩尻(しおじり)』巻三十に
『塩尻(しおじり)』にいう
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
やがて彼は塩尻(しおじり)、下諏訪(しもすわ)から追分(おいわけ)、軽井沢(かるいざわ)へと取り、遠く郷里の方まで続いて行っている同じ街道を踏んで碓氷峠(うすいとうげ)を下った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天野信景(のぶかげ)翁の『塩尻(しおじり)』には、尾州小木(こき)村の百姓の妻の、産後に発狂して山に入り、十八年を経てのち一たび戻ってきた者があったことを伝えている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
誰もまだ、そんなお人は、見かけねえようですが、なあに旦那、こちとらが手分けをして、諏訪(すわ)塩尻(しおじり)の三道にかけて、探すとなれやあ造作アありませんぜ。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信州の松本などには、盆の七日にも柱を立てて、その柱の根もとに一人の児(こ)を坐(すわ)らせて、祭をしたということが、たしか天野氏の『塩尻(しおじり)』に見えている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただ関東平野の方角へ出るには、鳥居、塩尻(しおじり)、和田、碓氷(うすい)の四つの峠を越えねばならないのに引きかえ、美濃(みの)方面の平野は馬籠の西の宿はずれから目の下にひらけているの相違だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)