唯事ただごと)” の例文
明日は五旬節だ、だのになぜ彼らの家では、門や垣根を緑葉で飾らないのだろう? こりゃ唯事ただごとではないぞ。……そこで行って見ました。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
毎日うろうろしていることや、京屋の主人が年甲斐としがいもなくお鈴を付け廻していた話。それからお鈴の死んだのは唯事ただごとじゃあるまいと言った世間の噂を
双親ふたおやと共に熱心な天主教てんしゆけうの信者である姫君が、悪魔に魅入みいられてゐると云ふ事は、唯事ただごとではないと思つたのである。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それに、そんなに探しても、あの目立つ服装の文代が見つからぬというのも、何とやら唯事ただごとでない。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
手紙もたびたび送っては人目を引くであろうからと思って、内容を唯事ただごと風に書いた。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
二人は何かの話に気を取られて行燈あんどうをつけるのも忘れて、暗いなかで小声で話しているのをみると、これはどうも唯事ただごとではあるまいと、年のゆかないわたくしも迂濶うかつにはいるのを遠慮しました。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「お邪魔はしないわよ。あたしにかまわず、お仕事をやって」と言う。そして何時までも、折竹の向う側にかけていて、雑誌などを見ながらもちょいちょいと彼をみる、その目付きは唯事ただごとではない。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私はいよいよこれは唯事ただごとではないと思うのですが……
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
フト隠居の山右衛門が、若くして美しいお弓を側へ置くのが、唯事ただごとでないように言う店中のうわさを思い出したのです。
藤、山吹、菖蒲しやうぶと数へてくると、どうもこれは唯事ただごとではない。「自然」に発狂の気味のあるのは疑ひ難い事実である。僕は爾来じらい人の顔さへ見れば、「天変地異が起りさうだ」と云つた。
この青年がこれほど顔色を変えているのは唯事ただごとでない。しや……
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
幸い月見船が二三そういたので、私も命拾いをしましたが、これは唯事ただごとではないと思ったから、そこからお楽を引取って、少し見ていることにしたのです
「お静、石原の兄哥のところへ行って聞いて来い、一昨日おとといから誰も来ないのは唯事ただごとじゃあるまい」
「お内儀かみさんは、若主人の重太郎の死にようが唯事ただごとでないということを知っているだろうな」
宵とはいってもこの大雪に、往来の方へ向いた、入口の格子こうしを叩くならまだしも、川岸かしへ廻って、庭の木戸から縁側の雨戸を叩く者があるとすると、全く唯事ただごとではありません。
明るい、広々とした部屋、それを四方から圧する空気も唯事ただごとではありません。
「主人の死にようが、唯事ただごとじゃないような気がしてなりません」
お弁の厚化粧が急に素顔になったのは唯事ただごとじゃないよ
ぜっ返しちゃいけません。花見は追って懐ろ加減のいい時として、ともかく巣鴨へ行ってみようじゃありませんか。井筒屋重兵衛の死にようが、あんまり変っているから、こいつは唯事ただごとじゃありませんよ、親分」