そばだ)” の例文
春恋し、春恋しとさえずる鳥の数々に、耳そばだてて隠れの翼の色を見んと思えば、窓に向わずして壁に切り込む鏡に向う。あざやかに写る羽の色に日の色さえもそのままである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西八條の御宴より歸りみちなるさむらひ一群二群ひとむれふたむれ、舞の評など樂げにたれはゞからず罵り合ひて、果は高笑ひして打ち興ずるを、件の侍は折々耳そばだて、時にひややかに打笑うちゑさま、仔細ありげなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
菜園に飼つてある豚でさへ、此人を見るには目をそばだてて見る。番人の上着の裾は誰のよりも余程長い。煙管も、沓の金物も、目玉も誰のよりも大きい。腹は誰のよりもふくらんでゐる。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
霽顔せいがんを見せた事も無い、温語をきいた事も無い。物を言懸ければ聞えぬふりをする事も有り、気に喰わぬ事が有れば目をそばだてて疾視付にらみつける事も有り、要するに可笑しな処置振りをして見せる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其様そうだ其様だ、いつは土産だ。一つ聞きたいな」などとやかましく言うのを聞かぬ風で一同に顔見られるのを五月蠅うるさそうにお光は顔をそむけて漕ぎながら、時々見るともなく眼をそばだてて見ると
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
世は愈〻平家の勢ひに麟伏し、道路目をそばだつれども背後にゆびさす人だになし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)