“そこ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ソコ
語句割合
其処47.8%
底14.0%
損8.4%
其所8.1%
其處7.8%
其家3.2%
害1.6%
其許0.9%
乃0.8%
其室0.6%
其店0.5%
开處0.5%
足下0.3%
其寺0.2%
其地0.2%
傷0.2%
开処0.2%
彼処0.2%
因0.2%
賊0.2%
其村0.1%
其舎0.1%
其堂0.1%
其窟0.1%
其駅0.1%
一つは怠惰なところ0.1%
上層0.1%
低0.1%
何処0.1%
其0.1%
其原0.1%
其国0.1%
其坐0.1%
其城0.1%
其宅0.1%
其屋0.1%
其岸0.1%
其島0.1%
其川0.1%
其市0.1%
其席0.1%
其府0.1%
其座0.1%
其庭0.1%
其待合0.1%
其後0.1%
其故0.1%
其林0.1%
其校0.1%
其点0.1%
其穴0.1%
其窓0.1%
其船0.1%
其街0.1%
其谷0.1%
其邸0.1%
其雪0.1%
其頃0.1%
南室0.1%
塞0.1%
失0.1%
奧0.1%
川底0.1%
开所0.1%
开邊0.1%
手紙0.1%
某所0.1%
此処0.1%
毀0.1%
速古0.1%
酒場0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
『それでは、俺(わし)の姪にあたるのですが、その亭主が絵師(えかき)ですから、其処(そこ)へ行ってお聞きなさい、ナアニ、直き向こうの小さい家です』
職業の苦痛 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
這麼老朽(こんならうきう)な體(からだ)は死(し)んでも可(い)い時分(じぶん)だ、とさう思(おも)ふと、忽(たちま)ち又(また)何(なん)やら心(こゝろ)の底(そこ)で聲(こゑ)がする、氣遣(きづか)ふな、死(し)ぬ事(こと)は無(な)いと云(い)つて居(ゐ)るやうな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
此の人も色々遣(や)り損(そこ)なって損(そん)をいたして居りますが、漸々(よう/\)金策を致しまして三千円持って仕入れに参りまして、春見屋へ来まして。
彭はしかたなしに其所(そこ)へ立ち止った。いつの間にか夕映も消えて四辺(あたり)が微暗(うすぐら)くなった中に、水仙廟の建物が黒い絵になって見えていた。
荷花公主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
市街(まち)の中程(なかほど)に大(おほ)きな市場(いちば)がある、兒童(こども)は其處(そこ)へ出かけて、山のやうに貨物(くわもつ)の積(つん)である中(なか)にふんぞり返(かへ)つて人々(ひと/″\)の立騒(たちさわ)ぐのを見(み)て居る。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いや、これに対しても、いまさら他(よそ)の家(うち)へとも言いたくなし、尤(もっと)も其家(そこ)をよしては、今頃間貸(まがし)をする農家ぐらいなものでしょうから。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土地生産物の価格騰貴が本来ならば齎らすべき農業に対する好結果を害(そこ)ねてしまうことを、注意しなければならぬからである。
「何を言わっしゃる、当事(あてごと)もない、膝栗毛を見て泣くものがあろうかい。私(わし)が事を言わっしゃる、其許(そこ)がよっぽど捻平じゃ。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と勤務が堅いから忽(たちま)ち評判が高くなりました。乃(そこ)で有助という、根岸にいた時分に使った者を下男に致しまして、新規に林藏(りんぞう)という男を置きました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
みのるは其室(そこ)を出て彼方此方(あちこち)と師匠の姿を求めてゐるうちに、中途の薄暗い内廊下で初めて師匠に出逢つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
子供(こども)は其店(そこ)の前(まえ)に立(た)ちました。そして戸(と)を開(あ)けてのぞきながら
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
養父(やうふ)清左衞門(せいざゑもん)、去歳(こぞ)より何處(どこ)开處(そこ)からだに申分(まうしぶん)ありて寐(ね)つ起(お)きつとの由(よし)は聞(き)きしが、常日頃(つねひごろ)すこやかの人(ひと)なれば、さしての事(こと)はあるまじと醫者(いしや)の指圖(さしづ)などを申やりて
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「え、藤色とばかりじゃ、本読みが納まらねえぜ。足下(そこ)のようでもないじゃないか」
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十二月十五日朝十時に其寺(そこ)を出立しシカチェの町を横切って行くことほぼ一里にしてサンバ・シャル(東の橋)という大きな橋に着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
今から最早(もう)十数年前(すねんぜん)、その俳優(やくしゃ)が、地方を巡業して、加賀(かが)の金沢市(かなざわし)で暫時(しばらく)逗留(とうりゅう)して、其地(そこ)で芝居をうっていたことがあった、その時にその俳優(やくしゃ)が泊っていた宿屋に、その時十九になる娘があったが
因果 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
傷(そこ)なうものとか——なぜでござりましょう? わたくしは、御存知の通り、剣を握る力があるなぞと、他人に明したこともござりませぬが——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
捨てはてし身にも猶(なほ)衣食のわづらひあれば、昼は开処(そこ)となくさまよひて何となく使はれ、夜は一処不住の宿りに、かくても夢は結びつゝ、日一日とたゞよひにたゞよひて、過(すぐ)しゆくほどに
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼処(そこ)でもない此処(ここ)でもないと勝手次第に宜(よ)さそうな地所(じしょ)を見立てゝ、いよ/\芝の三田(みた)にある島原(しまばら)藩の中屋敷が高燥(こうそう)の地で海浜(かいひん)の眺望も良し、塾には適当だと衆論一決はしたれども
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雑誌も既(すで)に売品(ばいひん)と成(な)つた以上(いじやう)は、売捌(うりさばき)の都合(つがふ)や何(なに)や彼(か)やで店らしい者が無ければならぬ、因(そこ)で酷算段(ひどさんだん)をして一軒(いつけん)借(か)りて、二階(にかい)を編輯室(へんしうしつ)、下を応接所(おうせつしよ)兼(けん)売捌場(うりさばきぢやう)に充(あ)てゝ
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼等は屡(しばしば)夜を徹して無用なる文字の遊戯に耽ったが、人の子を賊(そこ)なうものとしてその会合は禁止せられずその門徒は解散せられず時勢と共に益(ますます)盛(さかん)になった。
冬日の窓 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その馬に荷物を載せ、自分も他の馬に乗って一里半ばかり東に行くとターミラという村に着いて其村(そこ)でまた読経する事になった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其村(そこ)で一月五日まで経を読み、その翌日出立(しゅったつ)してオーミという村まで三里ばかり進んで其村(そこ)に泊りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
今度こそ充分問答をやってみようという考えで其舎(そこ)に住んで居りますと、私の知合の人が死にまして、その葬式を送って行かなければならんことになった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
この日の行程八里、ここは村というほどでもありませんけれども兵舎があって其舎(そこ)に兵士が十六名居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もっとも其堂(そこ)へお越しになることもあれば成らぬこともありますので、その法会に集まる僧侶がおよそ二万人位のものです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其堂(そこ)を通り抜けると中央に東西五間に南北六間位の庭がある。其庭(それ)もやはり一体に板石が敷き詰めてありますが其庭(そこ)は下等の僧侶(そうりょ)が集まってお経を読みまた茶を飲み麦焦しを食う所です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これは白くない、少し灰色がかった黒みの岩であってその窟中(くつちゅう)にはゲロン・リンボチェのお弟子が住んで居る、其窟(そこ)へまず案内してくれたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
巌窟の主人 というのはやはりラマで其窟(そこ)に坐禅をして居るんです。坐禅して居る(修業者、巌屋住居の隠者)と言えば何にもしないようで居るようですが、そうでもない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それから私共は充分用心をして其駅(そこ)で昼飯なんかを済まし、馬がないものですから歩いて東北の原に進んでキーチュ川に沿うて上って行きますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其駅(そこ)に着いてまた宿ったです。三月二十一日いよいよ今日は国都ラサ府に這込(はい)るということになりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
チベット人は外見は温順(おとな)しくってよく何もかも考えるですが、一体勉強の嫌いな質でごくごく怠惰(たいだ)な方で、不潔でくらすのも一つは怠惰なところ(そこ)から出て来たようにもあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
上層(そこ)は晴れているのか、うす鼠(ねずみ)色の雲からこぼれてくる雨は白く光っている。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と思(おも)へども、晴(は)れぬ不審(ふしん)は疑(うたが)ひの雲(くも)に成(な)りて、唯(たゞ)一ト棹(さほ)の箪笥(たんす)の引出(ひきだ)しより、柳行李(やなぎこり)の低(そこ)はかと無(な)く調(しら)べて、もし其跡(そのあと)の見(み)ゆるかと探(さ)ぐるに、塵(ちり)一はしの置塲(おきば)も變(かわ)らず
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
見知越(みしりごし)の仁(じん)ならば、知らせて欲(ほし)い、何処(そこ)へ行って頼みたい、と祖母(としより)が言うと、ちょいちょい見懸ける男だが、この土地のものではねえの。越後(えちご)へ行(ゆ)く飛脚だによって、脚(あし)が疾(はや)い。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのまま遊ばせ人に取られて死ぬべかりしを其(そこ)に来合せ命を助けたもうとこの女子に聞いた嬉しさに謝恩のため迎え申したと言って、何とも知れぬ旨(うま)い物を食わす、さて主人いわく己は竜王なり
余程深い沼もあればまた浅いのもあるが本当の池の形を成しては居らぬ。ごく湿地の原です。其原(そこ)を四里ばかり行くとまた一つの川に着いた。その川はナーウ・ツァンボという。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
むかしむかし棄老国と号(よ)ばれたる国ありて、其国(そこ)に住めるものは、自己(おの)が父母(ちちはは)の老い衰へて物の役にも立たずなれば、老人(としより)は国の費えなりとて遠き山の奥野の末なんどに駆り棄(す)つるを恒例(つね)とし
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それは法王とそのチー・リンボチェとである。しかし法王は常に其坐(そこ)に坐れる訳じゃない。チー・リンボチェはガンデンに住んで居れば(〔法式の時は〕)いつもその坐(ざ)に坐られるのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其城(そこ)にはシナ兵も二、三百名ばかり居る。それからギャンチェに五百名、ダムに五百名、マンカム地方に五百名で都合五千名ということになって居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そこで私は大臣の宅に置いてあるところの経書類のすべてを取り集めて、じきに薬舗(くすりみせ)の天和堂(テンホータン)へ持って行きまして其宅(そこ)に預けて置きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
……饂飩屋(うどんや)の門(かど)に博多節を弾いたのは、転進(てんじん)をやや縦に、三味線(さみせん)の手を緩めると、撥を逆手(さかて)に、その柄で弾(はじ)くようにして、仄(ほん)のりと、薄赤い、其屋(そこ)の板障子をすらりと開けた。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どの位流されたのか何でも羊の居る所とは二町ばかり離れて居るです。で羊は二町ばかり上の方に何にも知らずに草を喰って居る。私はもう其岸(そこ)へ上った所で少しも動くことが出来ない。大体
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其島(そこ)でまた手枷、足枷で牢の中へ縛って置かれるのであるというような残酷なる宣告状です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
辛うじて其川(そこ)を渡ってだんだん南へ南へと進んで行ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其市(そこ)へ泊って少しばかり買物などをしました。その翌一日逗留(とうりゅう)してその翌日またギャア・カルコという市場へ指して後戻りしました。このギャア・ニマというところは私の西北に進んだ極点の地です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
紫のてがらの大丸髷に黒襟をかけた銘仙の袷(あわせ)を丹前の下に着込んでいるのが商売柄途方も無く粋であった。私はノソノソ上がり込んで長火鉢の向う側へ坐わろうとしたが見れば其席(そこ)は塞がっている。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんなに沢山(たくさん)殺すというのは実に酷(ひど)い事だと思いましたが、その後ラサ府に着いて其府(そこ)に住んで見ますとこの位の事は実に小さな事で、ラサ府で十月、十一月、十二月のこの三ヵ月に殺される羊
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
危機を孕(はら)む さてその商隊長はずっと進んで私の前へ座りましたが、其座(そこ)にはツァ・ルンバも居ればその妻君も居るです。ところでここに実に危い事が孕(はら)んで来た。その原因を説明しなくてはならん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其堂(そこ)を通り抜けると中央に東西五間に南北六間位の庭がある。其庭(それ)もやはり一体に板石が敷き詰めてありますが其庭(そこ)は下等の僧侶(そうりょ)が集まってお経を読みまた茶を飲み麦焦しを食う所です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
間もなく私たちは其待合(そこ)を出て戻った。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
さう思ふと、彼は其後(そこ)へ腰掛けたいと思つて、吊皮を持つて居る手を離して、其方へ動かうとした。
我鬼 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
大切に致して至極(しごく)宜敷(よろしう)御ざいますと申ければ重四郎夫(それ)は餘(あま)りと申せば能過(よすぎ)ます私し風情(ふぜい)と云にお勇否々(いへ/\)然樣(さやう)では御座りません御承知なれば御世話(おせわ)致しませう先でも金子の望みは無(なけ)れ共旅(たび)の御方は尻(しり)が輕(かる)いに依(よつ)て其故(そこ)で先方(むかう)は氣遣(きづかひ)に思ひますから金子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其林(そこ)には薬舗(くすりや)の番頭とその他三人の者が待ち受けて居ります。私はもちろん酒も飲まずもう御飯も済んだのですから何もやる必要はないけれども、着物を着替えなければならん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そのまま其校(そこ)に、教師三昧せられたも、思へば硝子の窓入娘、透き徹るほど美麗しい、容貌の置き場が置き場ゆゑ。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
『去年ですか。私(わたし)は又、其点(そこ)に気が付かなかつたもんですから……』と、孝子は少しきまり悪気(わるげ)にして、其児の名を別の帳簿に書入れる。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
けれども非常な降雨で御飯を喫(た)べる所もないという訳で誠に困りましたが、もう少し行くと大きな窟穴(いわあな)があるというので其穴(そこ)まで急いで参りまして
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼は自分の室(へや)の窓を見あげたが、今まで浸っていた幻想の名残で、ふと其窓(そこ)に燈(あか)りを探し求めるような眼付をしながら、肩をすぼめて呟いた。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
白みかけた水明りに、先刻(さっき)の船はおぼろに見える。桂はまだ其船(そこ)にいて、船頭とともに、船底の板子を上げていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其街(そこ)には商業家がいずれもみな店を張って居りますので、その店の張り方は別段他の国の遣り方と変った事はない。ことに露店(ろてん)も道の広いところには沢山あって、それらの売物は大抵日用品のみです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其谷(そこ)で少し食物をたべそれから細い急な坂を二里半ばかり進みましたが、非常に急な坂で殊に空気が稀薄ですから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
我れより其邸(そこ)を訪はんは見る目かぐ鼻うるさし、此車にて今よりと能書の薄ずみ其昔(かみ)ならば魂も消えぬべし、これ見よおそよ、波崎さまは相變らずお利口なりとて
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人が沢山通るものですから其雪(そこ)が踏まれて堅くなって居る上に昨夜また降ったので、その踏んで堅くなって居る上に新しい雪が積って居って
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私が十三歳の時だから、丁度(ちょうど)慶応三年の頃だ、当時私は京都寺町通(きようとてらまちどおり)の或る書房に居たのであるが、その頃に其頃(そこ)の主人夫婦の間に、男の子が生れた。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
亜太郎が南室で殺された時に、その妻の不二はいったい南室(そこ)でなにをしていたのか?
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「肖古(せうこ)」「速古(そこ)」といふのは「塞(そこ)」で、滿洲語のヂヤハ、日本で「關」といふものと同じ意味で同じ言葉であります。
近畿地方に於ける神社 (旧字旧仮名) / 内藤湖南(著)
この麗(うるはし)き容(かたち)をば見返り勝に静緒は壁側(かべぎは)に寄りて二三段づつ先立ちけるが、彼の俯(うつむ)きて昇(のぼ)れるに、櫛(くし)の蒔絵(まきゑ)のいと能(よ)く見えければ、ふとそれに目を奪はれつつ一段踏み失(そこ)ねて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
最早(もはや)日本(につぽん)に向(むか)つて不禮(ぶれい)を加(くわ)ふる可(べ)からずとまで、戰慄(せんりつ)恐懼(きやうく)する程(ほど)の大軍器(だいぐんき)の發明(はつめい)を要(えう)すると申(もう)した事(こと)を、かの時(とき)は、君(きみ)も單(たん)に快哉(くわいさい)と叫(さけ)んだのみ、私(わたくし)も一(いつ)の希望(きぼう)として、深(ふか)く胸(むね)の奧(そこ)に潜(ひそ)めて居(を)つたが
「勘、この川底(そこ)あ浚ったろうのう。」
今(いま)我(わ)れ松野(まつの)を捨(す)てゝ竹村(たけむら)の君(きみ)まれ誰(た)れにまれ、寄(よ)る邊(べ)を开所(そこ)と定(さ)だめなば哀(あは)れや雪三(せつざう)は身(み)も狂(きやう)すべし、我(わが)幸福(かうふく)を求(もと)むるとて可惜(あたら)忠義(ちうぎ)の身(み)世(よ)の嗤笑(ものわらひ)にさせるゝことかは
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お前は我まゝの車夫(くるまや)さんだね、夫ならば約定(きめ)の處までとは言ひませぬ、代りのある處まで行つて呉れゝば夫でよし、代はやるほどに何處か开邊(そこ)らまで
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
手紙(そこ)にも書いてあります様に、助役の一行が十方舎へ乗込んだ時には、もうその娘の親爺は、脇腹から心臓めがけて大きな錐(きり)を突立てられたまま
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
卓(テーブル)の上には積木細工の様に煙草を盛上げたり、食料品の缶詰が金字塔(ピラミッド)型に積重なったりして居た。彼は其辺を一ト渡り見渡して、女の方へ眼を移した。が、某所(そこ)には女の影も見られなかった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
と云われて多助は恟(びっく)り致し、ハアと云いながら思わず知らず此処(そこ)へ泣き倒れました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おりんお滝は山中火、山は土の埋(うず)高き形、言い換えれば坤だ。土だ。火はすなわち烈しき心。破り毀(そこ)なう物の陽気盛んなれど、水の配あらばたちまち陰々として衰え、その状さながら恨むに似たりと。
「肖古(せうこ)」「速古(そこ)」といふのは「塞(そこ)」で、滿洲語のヂヤハ、日本で「關」といふものと同じ意味で同じ言葉であります。
近畿地方に於ける神社 (旧字旧仮名) / 内藤湖南(著)
弟はそのころ威勢のいい古服屋(フリピエ)だったんだが、その晩酒場(そこ)で女(プウル)を連れて一杯やッていたっていうんだ。するその水兵(マアチュウル)が来やがって、どうしてもその女(プウル)と踊(ジゴテ)するというんだ。