黒瞳くろめ)” の例文
その時小林の太いまゆが一層際立きわだってお延の視覚をおかした。下にある黒瞳くろめはじっと彼女の上にえられたまま動かなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妹はいかつく口を噤んで黒瞳くろめを相手の顏へ据ゑたが、すると、馬越はそのわざとらしい浮薄な態度にむかつとして、急に起ち上つて玄關の方へ出た。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
一寸首を傾げて、黒瞳くろめで彼を見上げた、その表情に、その時、はじめて媚らしいものが現れた。三造は頭をふって、もう一度「さよなら。」と言った。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼の眼は黒瞳くろめがちで、やさしいうるほひがあつた。眉も恰好がよかつた。鼻筋もよく通つて、その下にはやや肉感的な紅味のある唇が心持ふくらんで持上つてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
何か見めてでもゐると、黒瞳くろめ凝如じつすわツてとろけて了ひそうになツてゐる………うかと思ふと、ふし目に物など見詰めてゐて、ふとあたまを擡げた時などに、ひど狼狽うろたえたやうな
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
お前だつて夏の間、町が海水浴の人達であふれてゐる頃の眼つきは、歸つてくると何時もとはちがふ、はついて黒瞳くろめがふくれてゐる、冬の間は死んでゐるやうに動かないと言つた。
神のない子 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
黒瞳くろめが流れてしまうぜ、ホラ、おいらを見ねえ……東西東西! 物真似名人、トンガリ長屋のチョビ安太夫だゆう、ハッ! これは、横町の黒猫くろが、魚辰うおたつの盤台をねらって、抜き足差し足
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
雨脚あまあしの強弱はともかくも、女は雨止あまやみを待つもののごとく、静に薄暗い空を仰いでいた。額にほつれかかった髪の下には、うるおいのある大きな黒瞳くろめが、じっと遠い所を眺めているように見えた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼻が少し上向だつたが、円顔の黒瞳くろめ勝の顔には愛嬌があつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
深く沍々さえざえとした彼女の黒瞳くろめは自然と出て来る涙の為に輝いた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大きな黒瞳くろめのまはりが青味の
と、その稍落ちつきのない女らしい黒瞳くろめがちな眼を道平に向けた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)