雑閙ざっとう)” の例文
旧字:雜閙
海路、摂津せっつから四国へ行く便船は、こよいの八刻やつの上げ潮にともづなを解くというので、夕方の船着場は、積荷や客の送別で雑閙ざっとうしていた。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに電話は身ぶるいするほど嫌いだし、田舎に引き籠ってからは、あの雑閙ざっとうする東京の電車にはとても飛び乗れそうにない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
活々いきいきとした雑閙ざっとうと、華々しい灯の飾りの中にその姿を現はせば現はすほど、妻は自分の体から光りなり色彩なりを吸ひ取られて行くやうなのを確かに覚えた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
あんたが働かんでもよい、私が養ってあげる。——ふん/\と聞いていたが、急にパッと駆け出した。道頓堀の雑閙ざっとうをおしのけ、戎橋を渡り、心斎橋筋の方を走った。
俗臭 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
昼間は雑閙ざっとうのなかに埋れていたこの人びとはこの時刻になって存在を現わして来るのだと思えた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ホームは、ひどく雑閙ざっとうしていた。何を買おうかなと思っていると、改札口の向こうで、新聞売子が、新聞を高くさし上げて、何かわめいていた。彼は、これを買う気になってそこまでいった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
六日後の牢城から江州郊外への刑場の道はたいへんな雑閙ざっとうだった。聞きつたえた見物人がわんわんと黄塵こうじんの下に波打っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬車は、雑閙ざっとうする町を後にして、山道にかかった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五百余人が、それへ乗りわかれるまでの雑閙ざっとうといったらない。女づれ、馬、車、牛、行李こうり、まるで難民の集団移住だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都の天漢州橋てんかんしゅうきょうへ、伝家の名刀を売りに立ち、あの雑閙ざっとう中でからんできた無頼漢ならずもの牛二ぎゅうじを、一刀両断にやッてのけた、当時評判だった、青面獣せいめんじゅうの楊志というのは
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毎日が賽日さいじつのように、泉岳寺の門前はあれ以来雑閙ざっとうした。武家町人ばかりでなく、近郷きんごうの百姓だの、東海道から入って来る旅客までが、駕や馬をそこに止める。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四天王寺の日除地ひよけち、この間までの桃畑が、掛け小屋ごや御免ごめんで、道頓堀どうとんぼりすくってきたような雑閙ざっとうだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白昼、市井しせい雑閙ざっとうで行われた兇行の根元は、宮中にあったのだ。知る者は、やんごとなきお人と、三、四の公卿と、犯人しかなかったのである。いやもう一人、治郎左衛門元成という者と。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)