野猪いのしし)” の例文
額際ひたいぎわから顱頂ろちょうへ掛けて、少し長めに刈った髪を真っ直に背後うしろへ向けてき上げたのが、日本画にかく野猪いのししの毛のように逆立っている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そういうカルタ遊びには兵士は切札きりふだなのである。その上、野猪いのししをやっつけるには猟人の知力と猟犬の力とを要するのが原則である。
この仁田四郎忠常に退治された富士の裾野の野猪いのししのような男が、案外正直者で、名記者千種十次郎の崇拝者でもあったのです。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
定基は三河の守である、式には勿論あずかったのである。ただ其の生贄をささげるというのは、野猪いのししを生けながら神前に引据えて、男共が情も無くおろしたのであった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これから貴女あなたがたは私をお母さんと思わなければなるまい、といったとか、自信も勇気も、過ぎると野猪いのししのむこうみずになるが、彼女が脱線したのには一本気な無邪気さもある。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
インドの虎は専ら牛鹿野猪いのしし孔雀くじゃくを食いまた蛙や他の小猛獣をも食い往々まま人をう。
何事かと側に寄って見ると、野猪いのししが出て畑を荒らしたついでに、荒地まで掘散らして行ったので、そこから女の死骸が出掛かっているというのであった。純之進は胸をとどろかして、それをのぞき見て。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
切り取った邪神の手は毛の荒い野猪いのししの腕であった。
殺神記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鹿に氈鹿かもしか、兎に野猪いのしし
うまく味わうが為に雉子きじの一羽や二羽のいけづくりが何であろう。風の神にささげる野猪いのししの一匹や二匹の生贄いけにえが何であろう。易牙えきがが子をあぶり物にして君にささげたという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
の目たかの目油断なく必死となりてみずから励み、今しも一人の若佼わかものに彫物の画を描きやらんと余念もなしにいしところへ、野猪いのししよりもなお疾く塵土ほこりを蹴立てて飛び来し清吉。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)