酷薄こくはく)” の例文
この残忍酷薄こくはくきわめた文言を読むと、私は流石にゾッとしないではいられなかった。そして、人でなし大江春泥を憎む心が幾倍するのを感じた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もし、そういうことでもあるならば礫のみでは済ませない、明らさまに表門をたたいて男の酷薄こくはくを責めなければならない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、ひざも、腹も、胸も、恐らくは頃刻けいこくを出ない内に、この酷薄こくはくな満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鬼の鐘五郎と言はれた酷薄こくはく無殘な男ですが、滿ち足りた今宵ばかりは、さすがに鷹揚な心持になるのでせう。
太古のすがた、そのままの蒼空あおぞら。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄こくはくなすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こころみに問う、天下の人いかに、外に忠実なるしもべのごときは、内に暴戻ばうれいなる旦那なり。でては仁慈優愛なるもの、っては残忍酷薄こくはくにて、隣家となりの娘に深切なるもの、おのが細君には軽薄なり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんな残忍なことでも平気でやってのけそうな酷薄こくはくな眼つきをしていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
残忍、酷薄こくはく卑汚醜穢ひおしゅうわいその性質もまた容貌のようであるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
『ちッ、貴様たちに、何がわかる。わが君の御刃傷には、やむにやまれない理由があっての事だ。上野介の酷薄こくはく貪慾どんよくなことは、世上の定評に聴けッ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敏子は男をにらむようにした。が、眼にも唇にも、みなぎっているものは微笑である。しかもほとんど平静を失した、烈しい幸福の微笑である。男はこの時妻の微笑に、何か酷薄こくはくなものさえ感じた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
六十八歳の今日まで、世が彼に遇して来たものは、白眼か、策謀さくぼうか、利用か、酷薄こくはくか、いずれにしてもかくの如く温かなものには絶えてったためしがない。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無限の感慨が、その面にみなぎっている。他家の陪臣づれから、こんな酷薄こくはくな言葉を投げつけられたのは、三十余歳の今日まで、初めて身に沁みた事なのであろう。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酷薄こくはくと、嘲蔑ちょうべつのなかに、常に彷徨さまよって来た彼だけに、人の情けは人いちばい強く感じる彼だった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも呂布は暗愚で粗暴の大将にちがいない。しかし彼には汝よりも多分に善性がある。正直さがある。すくなくも、汝のごとく、酷薄こくはく詐言いつわりが多く、自己の才謀に慢じて、遂には、上を
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸人、面をそむけ、ひそかに都督の酷薄こくはくをうらまぬはない。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)