諧謔かいぎやく)” の例文
時々勇敢なことをしたり、或は又言つたりするものの、決して豪放がうはうな性格の持ち主ではない。が、諧謔かいぎやく的精神は少からず持ち合せてゐる。
僕の友だち二三人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「棄てる神あれば拾う人間あり、さ。だから人間会が必要なんだよ。」とY君は自分の諧謔かいぎやくに、自ら満足して又哄笑こうせうした。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
人生は神が玩弄ぐわんろうする為に製作したる諧謔かいぎやくにあらずやとは、彼がその頃胸間に往来しける迷想なりき。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そして、『これはたいしたものらしい』と云つた。それから、『どうも写生に徹したものだ』とも云つたさうである。そこで、けふも赤彦君の枕頭ちんとうでその絵の話などをし、時に諧謔かいぎやく談笑した。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
わが愉快なる諧謔かいぎやくは草にあふれたり。
馬琴は崋山が自分の絵の事ばかり考へてゐるのを、ねたましいやうな心もちで眺めながら、何時になくこんな諧謔かいぎやくを弄した。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
諧謔かいぎやくたくましふすべき目的物たるに過ぎざりしなり、彼等は愛情を描けり、然れども彼等は愛情を尽さゞりしなり、彼等の筆に上りたる愛情は肉情的愛情のみなりしなり
内部生命論 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
祝言しうげんの座にしやうぜられぬ仁兵衛ではあるが、いつも厚くきやうせられ調法におもはれた。仁兵衛は持前の謡をうたひ、目出度めでたや目出度を諧謔かいぎやくで収めて結構な振舞ふるまひを土産に提げて家へ帰るのであつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
が、その創痍に堪へる為には、——世人は何と云ふかも知れない。わたしは常に同情と諧謔かいぎやくとを持ちたいと思つてゐる。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
痛惻にへざるなり、彼等は高妙なる趣致ある道徳を其門にこばみ、韻調の整厳なる管絃を謝して容れず、卑野なる楽詞をて飲宴の興を補ひ、放縦なる諧謔かいぎやくを以て人生を醜殺す。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
僕はいつか小宮こみやさんとかういふ芭蕉ばせをの句を論じあつた。子規居士しきこじの考へる所によれば、この句は諧謔かいぎやくろうしたものである。僕もその説に異存はない。
文章と言葉と (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
藤岡博士の言語学の講義は、その朗々たる音吐とグロテスクな諧謔かいぎやくとを聞くだけでも、存在の権利のあるものだつた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕等は皆福間先生に或親しみをいだいてゐた。それは先生も青年のやうに諧謔かいぎやくを好んでゐられたからである。先生は一学期の或時間に久米正雄くめまさをにかう言はれた。
二人の友 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それ等も亦封建時代の町人の心を——彼等の歓びや悲しみを諧謔かいぎやくの中に現してゐる。若しそれ等を俗悪と云ふならば、現世の小説や戯曲も亦同様に俗悪と云はなければならぬ。
俊吉はやはり小説の中でも、冷笑と諧謔かいぎやくとの二つの武器を宮本武蔵のやうに使つてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
誰かこの残酷ざんこくなる現実主義者の諧謔かいぎやくに失笑一番せざるものあらん。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)