要人かなめ)” の例文
「お袖の父親、今村要人かなめは、秋田淡路守の家中で、禄五十石、役はお徒士かち。性は温良で実篤。藩のたれかれにも、評判はよい人物のようでした」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「行つて來ましたよ。源三郎は丸山要人かなめのところへ、昨夜亥刻よつ(十時)少し前に行つて、無駄話をして、二階へ寢たことは確かで——尤も大した用事はなかつたさうですよ」
掛し長持ながもち二棹露拂つゆばらひ二人宰領二人づつなり引續ひきつゞきて徒士かち二人長棒の乘物にて駕籠脇かごわき四人やり挾箱はさみばこ草履取ざうりとり長柄ながえ合羽籠かつぱかご兩掛りやうがけ都合十五人の一列は赤川大膳にて是は先供さきとも御長持あづかりの役なり次に天一坊の行列は先徒士九人網代あじろの乘物駕籠脇のさむらひは南部權兵衞本多源右衞門遠藤森右衞門諏訪すは右門遠藤彌次六藤代要人かなめ等なり先箱二ツは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
要人かなめは、そこを開けて、しきいごしに眉をひそめた。畳の上へ牛の草鞋わらじでも上げたように、むさい田舎者と、見ている眼だった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丸山要人かなめとか言つたな。源三郎の叔父さんのところへ行つて、昨夜源三郎が泊つた部屋を
その、今村要人かなめの子お袖が、五ツの折、大病をわずらい、医者にも見はなされたとき——ある知人しりびとが、そのやまいには、燕の黒焼しかなおす薬はないと、教えられたのです。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「丸山要人かなめ、小身乍ら直參で、私の叔父に當ります」
ふすま越しに、やがて叔父の松尾要人かなめの声がする。喘息病ぜんそくやみらしい咳声しわぶきと、感激のない呟きを聞くと、武蔵はまた、ここの家庭の持つ冷たい壁を感じて、隣の部屋でもじもじしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父の今村要人かなめと母みつとの仲に、ふたりの子があり、要人夫婦が死亡のとき、姉のしまは九歳、妹の袖と申す者……すなわちその方は五ツの年であったというが……その通りか、覚えておるか
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、またぞろ、松尾要人かなめの門を叩き、そこでさんざん毒づいたり詮議立せんぎだてした結果が、却って、がっかりしたものを負わされて、今——この二条河原のつつみまで戻りかけて来たところであった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「近衛家の用人を勤めていた松尾要人かなめの家へゆくのか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「松尾要人かなめと申します」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)