蚊遣香かやりこう)” の例文
上清じょうせいが店の蚊遣香かやりこう懐炉灰かいろばいに座をゆづり、石橋の田村やが粉挽く臼の音さびしく、角海老かどえびが時計の響きもそぞろ哀れのを伝へるやうになれば
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤蜻蛉あかとんぼう田圃たんぼに乱るれば横堀にうづらなく頃も近づきぬ、朝夕あさゆふの秋風身にしみ渡りて上清じやうせいが店の蚊遣香かやりこう懐炉灰くわいろばいに座をゆづり、石橋の田村やが粉挽こなひうすの音さびしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
頭を洗うし、久しぶりで、ちと心持こころもちさわやかになって、ふらりと出ると、田舎いなかには荒物屋あらものやが多いでございます、紙、煙草たばこ蚊遣香かやりこう、勝手道具、何んでも屋と言った店で。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
香炉こうろ蚊遣香かやりこうが一本立ててある。二人の感情のように、ほそい線が、二人を縛る。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蚊遣香かやりこうもばったり消えて、畳の目も初夜過ぎの陰気に白く光るのさえ、——寂しいとも思われぬ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつもお雪が店口で蚊遣香かやりこうも、今夜は一度もともされなかったと見え、家中いえじゅうにわめく蚊の群は顔を刺すのみならず、口の中へも飛込もうとするのに、土地馴れている筈の主人も
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おなじ町の軒並び二町ばかり洲崎すさきの方へ寄った角に、浅草紙、束藁たわし懐炉灰かいろばい蚊遣香かやりこうなどの荒物、烟草たばこも封印なしの一銭五厘二銭玉、ぱいれっと、ひーろーぐらいな処を商う店がある
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
癩病かったい医者だと人はいうが、漢方医のある、その隣家となりの荒物屋で駄菓子、油、蚊遣香かやりこうまでも商っている婆さんが来て、瓦鉢かわらばちの欠けた中へ、杉の枯葉を突込つっこんでいぶしながら、庭先にかがんでいるが
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)