はぐ)” の例文
あとから思量すれば、そういう経験のなかに、近代ロマンチック精神のはぐくまれつつあった実証がおぼろげながら見られる。
ルーテル派の敬虔な信仰と、アイゼナッハの美しい風光と、父親と兄との音楽的教養は、バッハ後年の偉大なる才能と、惇厚柔和とんこうにゅうわな風格をはぐくんでいったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
けれども更に私の眼を驚喜きょうきせしめたものは、熔岩流の間にはぐくまれたところの自然の美しさであった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ときどき彼らはちらりちらりと恥ずかしそうに眼をかわしているのをわたしはその宵のうちに見ていたので、二人のあいだには、やさしい心がはぐくまれつつあるのだと思った。
いとけなくはぐくまれるものの愛に媚びる感覚が、あきらかにおれの心にかんじられた。
母も雲——父も雲——兄弟はらからも友達も雲よりしかないと思っているような——孤児のい立ちの中に、いつのまにか、はぐくまれていた、この冷たさに違いない。——又八はそう思った。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたかも丁度私の幼年時代もまたその木と同じく、殆ど花らしいものを人目につかせずに、しかもこうやっていつか私にたのしいいのちの果実をはぐくんでいてくれているとでも云うように……
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
地獄の鉄の壁から伝はつてくる大地の冷気ひえはぐくまれ、常に人生といふ都の外濠伝ひに、影の如く立ち並ぶ冬枯の柳の下を、影の如くそこはかと走り続けて来た、所謂自然生じねんじよの放浪者
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
強くやさしく、尊敬にみちた彼女への愛着心をはぐくむのを止めはしなかつた。
歴代の封建制度を破って、今日の新日本が生れ、改造された明治前後には、俊豪、逸才が多く生れ、はぐくまれつちかわれつつあった時代である。貞奴は遅ればせに、またやや早めに生れて来たのである。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その白々とさめた後の生活に久保田君の詩は完全にはぐくまれる。
差入れの桜咲きたりはぐくまれ至りし今の笑みを愛しむ
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
偶然にも造花の惡戯いたづらによつて造られ、親も知らず兄弟も知らずに、蟲の啼く野の石に捨てられて、地獄の鐵の壁から傳はつてくる大地の冷氣にはぐくまれ、常に人生といふ都の外濠傳ひに
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)