“穢(ぎたな)” の例文
武士のもつ紙入れとはちがって、うす穢(ぎたな)い財布(さいふ)だった。窓から、庄次郎の手に、ぽんと、落としてくれたのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立秋とは名ばかり燬(や)くように烈(はげ)しい八月末の日は今崖の上の黒い白樫(めがし)の森に落ちて、葎(むぐら)の葉ごしにもれて来る光が青白く、うす穢(ぎたな)い私の制服の上に、小さい紋波(もんぱ)を描くのである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
四方の壁には昔から此処(ここ)で飲んだ幾多の漫画家の奇怪千万(ばん)な席描(がき)が縦横に貼られ、傷だらけの薄穢(ぎたな)い荒木(あらき)の卓の幾つと粗末な麦藁の台の椅子の二十許(ばか)りとが土間に散らばつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
見るからすがすがしいような新しい蚊帳は萌黄(もえぎ)の波を打たせて、うす穢(ぎたな)いこの部屋に不釣合いなのもかえって寂しかった。その蚊帳越しのあかりに照らされた二人の顔も蒼く見えた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と見るうちに、そこの藁(わら)むしろの上に敷いてあるうす穢(ぎたな)い蒲団(ふとん)の中へ、彼女はふるえつくように身を入れた。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石造家屋のうす穢(ぎたな)い炊事場と炊事場がくッついていた。井戸のまわりで、四、五人の清国人が、豚の腸を分配している。今の犬が、バケツに首を突ッこんでいた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)