漠然ぼんやり)” の例文
第一かけた当人がわがさいであるという事さえさとらずにこちらからあなたという敬語を何遍か繰返したくらい漠然ぼんやりした電話であった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
釘抜藤吉は、漠然ぼんやりとだが、いつも、こんなようなことを考えていた。岡っ引藤吉の、岡っ引らしい、これが、唯一の持論だったと言っていい。
時としてはのつつましさうに物言ふ声を、時としては彼の口唇くちびるにあらはれる若々しい微笑ほゝゑみを——あゝ、あゝ、記憶ほど漠然ぼんやりしたものは無い。今、思ひ出す。今、消えて了ふ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しま一周いつしうといつて、このしまはどのくらひろいものやら、また道中だうちう如何いかなる危險きけんがあるかもわからぬが、此處こゝ漠然ぼんやりとしてつて、しま素性すじやうわからず氣味惡きみわる一夜いちやあかすよりはましだとかんがへたので
明鏡のようにくもりのないおつるの心眼には、泰軒の大きさが、漠然ぼんやりながらそのままに映ったのかも知れぬ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
戸外そとの模様は分りようがない。しかし暗くって湿しめッぽい空気が障子しょうじの紙をして、一面に囲炉裏いろり周囲まわりおそって来た。並んでいる十四五人の顔がしだいしだいに漠然ぼんやりする。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)