数奇さっき)” の例文
旧字:數奇
またしばしば、獄窓ごくそうにつながれるなどの、帝王としては、余りにも数奇さっきに過ぎる生涯を必然にしてしまわれたものであった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太子のおもかげも今別れた数奇さっきなキャゼリン嬢の姿もみんな消え失せて、この戦争の陰に着々として来るべき日の備えをしている英国の猜疑さいぎと暗躍とがしみじみと考えられてきた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
拙者は身世しんせい数奇さっきというやつで、有為転変ういてんぺんの行路を極めたが、天下の大勢というものにはトンと暗い、京都はどうなっている、江戸はどうだ、それから、君の故郷の薩摩や
まことに危急存亡のときなるに、このおこないありしをあやしみ、またそしる人もあるべけれど、余がエリスを愛する情は、始めて相見しときよりあさくはあらぬに、いまわが数奇さっきあわれみ
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこでその女主人公じょしゅじんこうと云うのが、いろいろ数奇さっきな運命にもてあそばれた結果だね。——
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そう云う数奇さっきな生い立ちをした多くの少女に逃れられない運命であるから。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひとの数奇さっきのおもしろさよ、武門正成のうちからも、ひと粒の胚子たねが、あらぬ野の土にこぼれて、行くすえ、どんな花を世に咲かすことであろうか……などとも思われて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼が生路せいろはおおむね平滑なりしに、轗軻かんか数奇さっきなるはわが身の上なりければなり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
喨々りょうりょうとして水のせせらぐに似た尺八の哀韻、それは二人の数奇さっきを物語るかのように、呂々転々の諧調を極まりなくして、心なき詰侍つめざむらいの者さえなみだぐましい気持に誘われた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大月玄蕃の毒刃におわれて、新九郎と相抱いたまま、音無瀬川の千仭の闇へ、身を捨てた二人は、変転の波、数奇さっきな運命にあやつられつつ、ここに、ゆくりなくも巡り会った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、弦之丞でなくとも、誰かよくこの数奇さっきに結ばれた運命を公平に裁き得るだろうか。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その恒性の数奇さっきな身の上は、後醍醐に次いでは、彼女ほど詳しく知っている者はない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お前は、なんていう数奇さっきな因果を、ひとりであつめた人間だえ? ……」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、お蝶も、こういう所で育ったせいか、数奇さっき双親ふたおやの血をぜた心に、因果な本能がかもされたものか、とかく悪魔的な行為を好む性格が、男によって、一層早く芽を出して来つつあります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……さても、われながら、数奇さっきな生涯を見るものだ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)