引汐ひきしお)” の例文
堀割は丁度真昼の引汐ひきしお真黒まっくろな汚ない泥土でいどの底を見せている上に、四月の暖い日光に照付けられて、溝泥どぶどろの臭気をさかんに発散している。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
丁度引汐ひきしお時で、朝凪あさなぎの小波さざなみが、穴の入口に寄せては返す度毎に、中から海草やごもくなどが、少しずつ流れ出していたが、それに混って
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
縁日はもう引汐ひきしおの、黒いなぎさは掃いたように静まった河岸のかわで、さかり場からはずッとさがって、西河岸のたもとあたりに、そこへ……そのは、紅い涎掛よだれかけの飴屋が出ていた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水際みぎわに立って、折から引汐ひきしおの川底ばかりにらんでいた平次も、あきらめて立ち上がります。
気のどくらしくて、見ていられない舞台だから、誘い手のある引汐ひきしおに会場を出たのです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「出ますよ出ますよ」と呼びながら一向出発せずに豆腐屋のような鈴ばかりならし立てている櫓舟ろぶねに乗り、石川島いしかわじまを向うに望んで越前堀えちぜんぼりに添い、やがて、引汐ひきしお上汐あげしおの波にゆられながら
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
町の芸者や半玉はんぎょくなども数名座にはべったのですが、彼女等もそれぞれ引取って了い、客は菰田邸に泊るものもあれば、それから又どこかへ姿を隠すものもあり、座敷は引汐ひきしおの跡の様で
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
築地つきじ河岸かしの船宿から四梃艪しちょうろのボオトを借りて遠く千住せんじゅの方まで漕ぎのぼった帰り引汐ひきしおにつれて佃島つくだじまの手前までくだって来た時、突然むこうから帆を上げて進んで来る大きな高瀬船たかせぶねに衝突し
「上手だ。自分でも髪を結えるね。ああ、よく似合う。さあ、見て御覧。何だ、袖に映したって、映るものかね。ここは引汐ひきしおか、水が動く。——こっちがい。あの松影の澄んだ処が。」
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)