庖厨ほうちゅう)” の例文
ただ一人暇を取らずにいた女中が驚きめて、けぶりくりやむるを見、引窓ひきまどを開きつつ人を呼んだ。浴室は庖厨ほうちゅうの外に接していたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
君子は庖厨ほうちゅうに遠ざかる、と聖人が言いましたが、金椎のこの頃は、庖厨の中で聖書を読むの機会が多くなりました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉子は自分で貞世の食事を作ってやるために宿直室のそばにある小さな庖厨ほうちゅうに行って、洋食店から届けて来たソップをあたためて塩で味をつけている間も
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
新年も松の内位までは、めでたく平穏な日が続く上に、いろいろ暮にととのえた物があって、庖厨ほうちゅうに事を欠かぬ。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
故に君子は庖厨ほうちゅうを遠ざくで、下女が何を触れた手で調ととのえたか知らぬ物を旨がるところが知らぬが仏じゃ。
かるがゆえに君子は庖厨ほうちゅうを遠ざく……こりゃ分るまいが、大尽だいじんは茶屋のかまえおおきからんことを望むのだとね。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
港に六千トンの貨物船がはいつた。耳寄りなニュースに、港の隆盛を町の人々が噂した。私は裏町に、油くさい庖厨ほうちゅうの香を嗅いだ、また裏町に、開け放された格子窓から、脂粉の匂に噎んでゐた。
「君子は庖厨ほうちゅうに近づかず——」という言葉があります。
金帛きんはくを以て謝することの出来ぬものも、米穀菜蔬さいそおくって庖厨ほうちゅうにぎわした。後には遠方からかごを以て迎えられることもある。馬を以てしょうぜられることもある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
金椎は庖厨ほうちゅうつかさどっているが、それはいてもいなくても、物の音からは超越している。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こうして一方が不貞腐ふてくされのていで寝そべっているのに、一方が庖厨ほうちゅうにいて神妙に勝手方をつとめているところを見れば——位取りの差はおのずから明らかであって、つまり、女が天下で
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)